司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

実務は結論が大切。司法試験も然り

司法試験を解くにあたっての結論の大切さに触れてみます。

1.「何説が正しい」を探す旅?

基本書を読んだり学説を勉強していると

 

「結局どの説が正しいのか?」

 

を探求する旅が始まってしまうことがあります。

 

思考力を高める意味では大切かもしれません。

 

しかし、この旅はほどほどにする必要があります。

 

2.実務家登用試験→具体的な問題の解決

「論文試験で問われていること」=「司法試験考査委員が答えてほしいこと」

という話をしました。

ozzyy.hatenablog.com

そして司法試験は実務家登用試験です。

 

「考査委員が答えてほしいこと」は「実務で起こり得る具体的な問題を解決すること」と言い換えることが可能です。

 

「実務で起こり得る具体的な問題を解決」するということ、より端的に言えば「問題を解決する」ということは、「一定の結論を出す」ということに他なりません。

 

3.具体的な問題を解決することと〇〇説

以上からすると「〇〇説をとるかどうか」は、あくまでも実務家登用試験である司法試験を解くという観点では、いわゆる規範を定立するのレベル議論であり、規範を当てはめた具体的な問題の「結論を出す」部分ではありません。

 

結局、結論がどうなるかが大切です。

 

極端な話、結論が異ならなければ、(よほど理論的に破綻している説ではない限り)どの説が正しいかはあまり大きな意味を持ちません。

(反対の説を説明しつつ的な出題が稀にありましたが、これは別論です。こうした出題には賛否があり得ると思いますが、ここでは立ち入りません。)。

 

また、ある説をとった以上は、いわゆる「あてはめ」の段階や結論を出す段階で、その説と矛盾しないようにする必要はあるでしょうが、これは、どの説が正しいかというレベルではなく、ある説の立場をとった後のレベルの話なので段階が違う話になります。

 

4.結論とは

(1) 刑事訴訟法における結論

刑事訴訟法に限っていえば、結論とは、

 

訴訟手続がどうなるか

 

ということになります。

 

もう少し具体的に言うと

・判決がどうなるか

・有罪になるのか無罪になるのか

といった点です。

 

(2) 伝聞法則の出題に関する結論の一例

たとえば、伝聞法則の出題では「証拠能力の有無」が直接問われている問題であることが殆どですが、証拠能力を論じた先の訴訟手続の行く末(≒結論)や見通しを意識することが重要です。

 

伝聞法則の適用の有無も、結局、その事案での争点や証拠と事実の関係を理解して要証事実を把握する必要があるわけですが、「争点や証拠と事実の関係を理解」するには事案の結論がある程度見えている必要があります。

 

たとえば、平成21年刑事系第2問・設問2では、自白調書が直接証拠でこの証拠が採用されて信用性が認められれば被告人が有罪になる可能性が高いという結論がある程度見える事案でした。

その上で、自白調書の任意性又は信用性がポイントになり得る事案であり、その中で実況見分調書がどのような意味を持ちうるかを検討する必要がある事案でした。

ozzyy.hatenablog.com

(3) 結論を意識すれば問題を解きやすくなる

訴訟手続がどうなるかを理解するには刑事訴訟法の正確な理解が必要ですし、実務的な感覚が必要で難しいかもしれません。

 

しかし、そういった視点に触れてある文献もなくはないです。

司法試験の対策という意味ではそういった視点に触れている文献で感覚を補うことは重要と思います。

 

結論に意識が行くようになると、問題文がぐっと読みやすくなりますし、問題も解きやすくなるはずです。

その1 公判前整理手続(司法試験論文試験 平成28年 刑事系科目・第2問・設問4)

更に過去問の検討をしていきます。

趣向を変えて公判前整理手続について触れます。

1.なぜ平成28年の問題を選んだか

端的に言えば「公判前整理手続」が出題されたからです。

公判前整理手続は、条文も抽象的で、実務上も運用が定まっていないところもあり、受験生の理解が難しいため、出題はないと思っていました。

が、出題されました。

法科大学院在学中受験へ移行した現行体制で、果たして今後も出題されるかわかりませんが、触れておきたいと思います。

 

2.なぜ公判前整理手続が出題されたか

実務上、非常に重要だからと考えられます。

 

公判前整理手続の長期化は裁判所が非常に問題視をしており、実務家登用試験である司法試験である以上、受験生にも基本的なところは学んでおいてほしいという意図があったのかもしれません。

 

特に裁判員裁判対象事件は必要的に公判前整理手続に付されますが(裁判員法49条)、公判前整理手続が長期化すると証人の記憶の減退等が出てくるおそれを懸念しているようです。

弁護人からすれば公判前整理手続では幅広く検察官に対し証拠開示を求めたいと考え、法律の定める証拠開示の要件に該当するか検察官と争いになったり、証拠の有無の確認や謄写で時間がかかったりで長期化することもままあります。

法曹三者三様の考えが錯綜するため実務上の運用も固まりつつあるようで固まっておらず、なかなか難しい手続です。

 

そのような難しい手続であるにもかかわらず出題されているということは、それだけ重要視されている手続であると考えざるを得ないでしょう。

 

司法修習でも力を入れていると聞きます。

 

3.平成27年決定の知識は必須とはされていなかった

(1) 出題趣旨の言及

公判前整理手続に付された事件の主張制限については、最高裁平成27年5月25日決定(刑集69巻4号636頁)が著名です。当然、刑集搭載判例です。

 

刑集搭載判例の重要性については下記をご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

もっとも出題趣旨を見る限り、平成27年決定を踏まえるところまでは求められていなかったようです。

 

本試験の約1年前に出された判例については、(評価も定まっていないためか)さすがに正確な理解は問わないという考査委員の考えを読み取ることができる指摘です。

既に問題文の方向性は固まっていて、たまたま最高裁決定が出てしまった可能性もあったのかもしれませんが、これはあくまでも推測です。

 

なお、調査官解説が掲載された法曹時報696号)は平成29年6月に発行されていますから、試験後でした。

 

(2) とはいえ理解は不可能ではなかった

もっとも、調査官による簡易な解説である「時の判例」は、平成27年10月1日発行のジュリスト1485号109頁に掲載されています。

 

また、試験直前の平成28年4月10日発行ではあるものの、平成27年度重要判例解説でも刑事訴訟法3(174頁)で取り上げられていました。

 

最高裁判例に敏感な方で、この判例の重要性に気が付けた方は、判例の存在は知ることができたでしょうし、ポイントを押さえることが不可能とまでは言えなかったように思います。

 

3.その場で考えるしかなかった問題

以上を前提にすると多くの受験生にとってはその場で回答をひねり出すしかない問題で、求められる答案もその限度でよかったということになるのでしょう。

その4 犯行再現と伝聞証拠(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)

その3で実務的な観点から分析をしました。

「受験生レベルでは無理」という意見もあるかもしれませんので、その点を考えます。

1.直接証拠や供述の信用性(補助証拠)の議論を答案で書けますか?

(1) 問題の端的な整理

平成21年の刑事系第2問・設問2は

〇(証拠構造上)甲の自白調書は直接証拠

実況見分調書は再現自体が甲の自調書の信用性を高める補助証拠としての意味を有する

実況見分調書の甲の供述部分や写真部分の内容の真実性が問題となっていないので非伝聞となる

というのが端的な整理になります。

※伝聞と回答しても間違いとは言い切れません。自分なりに検討していれば評価されると思います。

 

(2) 基本書で解説されている用語ではある

証拠構造・直接証拠・信用性・補助証拠という言葉は、受験生にはなじみはないですが、お手元の基本書には通常言及されているはずの言葉です。

 

また、実務系の授業をとられていた方は必ず学んでいた用語だったはずです。

 

なので、出題されても文句は言いづらい気がします。

 

問題は用語の意味を具体的に理解できていたかということです。

 

(3) 自白の信用性は判例百選で解説されてはいる

用語の意味を具体的に理解する機会はあったかというと、自白の信用性については(本試験前に発刊されていた)判例百選で取り扱われていました。

 

解説には考慮要素として

①自白の経過、②自白内容の変動・合理性、③体験験供述、 ④秘密の暴露、⑤自白と客観的証拠との符合性、⑥裏付けとなるべき物的証拠の不存在, ⑦犯行前後の捜査官以外の者に対する言動、⑧被告人の弁解,、⑨情況証拠との関係(山室惠「自白の信用性」刑事訴訟法判例百選(第8版)174頁(有斐閣2005年)等参照)

にも触れています。

 

受験生にはイメージがしづらい分野ではありますが、出題されても文句を言いづらい問題といえるでしょう。

 

判例・裁判例の学習の仕方は以下の記事をご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

2.要証事実の的確な把握には事実認定の知識が必要

「それって事実認定の話でしょう」

「司法試験は法律の解釈適用が問われるのでは」

というお考えもあるかもしれません。

 

しかし、少なくとも日本の刑事訴訟手続において伝聞法則の適用の有無を考えるにあたっては、その事案の争点や事実と証拠との関係(証拠構造ともいわれるかもしれません。)を考え、問題になっている証拠が争点等との関係でどのような意味を持つかを検討しなければ、結論を導き出せません。

 

少なくとも裁判所はそう考えています。

実務家登用試験である司法試験で問われていないかと言われると「問われている」と考えざるを得ません。

 

ということで事実認定の知識はある程度は必要になってくることになります。

そして、あった方が、刑事訴訟法の問題を読む・解くことが飛躍的に楽になることも間違いありません。

 

3.問題文にヒントはあるにはあったのでは

以前

司法試験の問題文には(ほぼ)一言一句無駄がない

問題文にヒントがある

という話をしました。

 

過去の記事もご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

 

この問題にヒントはあったでしょうか。

 

(1) 再現状況と自白調書には重複する事実が詳細に記載されている

ここから先は推測ですが、

問題文の6項には犯行再現の状況と、7項には犯行再現後の実況見分の内容が非常に詳細に書かれていること

その上で、資料1の自白調書をみますと、5項に犯行状況が非常に詳細に書かれていること

がわかります。

 

自白調書の5項の事実関係と問題文の6項・7項記載の事実関係はほとんど同じことが書かれています。

 

自白調書が作成された日と犯行再現を行った日は日付が全く違うので、同じことでも重複した記載になることは当たり前かもしれません。

 

ただ、問題文を作成するにあたっては、

資料1の調書を添付しなくとも、本文中に甲の自白内容を挿入する

問題文6項の再現状況等は「資料1の自白調書の内容通り再現した」などと省略する

といったことも可能であったようにも思います。

 

私はこの問題を初めて読んだときこの点が気になって仕方ありませんでした。

 

(2) 一致→信用性というヒラメキ

何度も

「なぜ再現状況と自白調書で全く同じ実を何度も記載しているのか?」

を考えていくうちに

 

「再現状況と自白調書が詳細な部分も含めて一致している(車両の損傷部位も一致している)」

「(客観的状況との)一致は供述の信用性に関する典型的な考慮要素」

「自白調書の信用性を問うているのでは」

というヒントを出しているようにも読めました。

 

あくまでも推測ですが、時間をかけて問題文を検討するとこういった考査委員の出題意図が見えてくることもあります。

 

司法試験対策ではこういった分析も重要です。

その3 犯行再現と伝聞証拠(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)

続いて実務的な視点から問題を分析してみます。

 

 

1.実際の裁判であった場合

(1) 公判における甲の態度

この事件は、被告人である甲が捜査段階ではVに対する殺人と死体遺棄を自白していましたが、公判手続になって犯人性を否認しました。

 

問題文を見る限り、捜査段階の甲の自白と問題文1項の防犯カメラ以外に甲の関与を伺わせる証拠は見当たりません。

(厳密にいえばですが、Vの衣類等から甲の毛髪等が発見されたり、車両から甲の指紋や毛髪等が発見される、Vの死亡推定時刻頃に甲以外にV接触した痕跡がないなどの理由で「甲以外に犯人は考え難い」という状況もあり得るかもしれませんが、問題文には一言も書かれていないので、そういった事情はないことが前提になります。)

 

そして、公判手続の被告人質問では、甲は自らは犯人ではないと述べるはずです。

黙秘を選択するかもしれません。

 

(2) 検察官の方針

以上のような見通しが明らかなので、立証責任を負う検察官は、資料1の捜査段階に作成された自白調書を軸に立証するほかない事件です。

 

問題文には書いてありませんが、検察官は、当然資料1の甲の自白調書を証拠調べ請求することになります。

 

裁判所が好きな「証拠構造」という観点からすると、本件は、自白調書が、犯人性や構成要件該当事実などの犯罪事実を直接証明する直接証拠と位置付けられる事件です。

直接証拠は、(証拠能力がある前提で)その証明力が高いと判断されれば、対象となる事実を直接認定できる証拠になります。

 

(3) 弁護人の方針

したがって、弁護人は、資料1の自白調書に同意するわけにはいきません。

通常は、

・不同意+任意性を争う。→証拠能力を与えない

・不同意+信用性を争う。

といった証拠意見を述べることになるはずです。

 

ここでは、問題文には任意性を疑わせる事情が見当たらないので、弁護人は任意性を争えず、信用性を争わざるを得ないという方針になったとしておきましょう。

 

(細かい話ですが、不同意+任意性を争わず信用性を争うとした証拠意見の場合、自白調書は刑訴法322Ⅰ「不利益な事実の承認を内容」としており、任意性を争っていないので、不同意という意見を述べても、伝聞例外規定により証拠能力があるとして裁判所に採用決定されてしまうであろう証拠です。)

 

2.実況見分調書が持ってくる意味

(1) 自白の信用性が重要なポイントに

以上を前提にすると、この裁判は犯人性が争点ではあるものの、甲の自白調書の信用性がかなり重要なポイントになってきます。

 

したがって、実況見分調書がどういう意味を持ってくるのかというと、甲の自白調書の信用性に関する証拠として意味を持ってくるかどうかということになります。

(なお、前提として信用性を争うという方針で整理していますが、任意性の有無に関する判断においても本件の実況見分調書は同じような問題意識になってくると考えられます。)。

 

(2) 犯行が物理的に可能であること

まず、問題文も誘導していますが、甲の自白調書記載の犯行は、一見して「自力でVを運べるのか」「車を一人で持ち上げられるのか」などの点に疑問があるため、甲が犯行可能なのかという点を検討するために実況見分を行ったという意味はあるでしょう。

その場合、平成21年2月3日に再現をしたこと自体から、「自白内容の犯行は甲一人で実行可能」ということを立証できるわけですから、実況見分調書は「再現と同じ犯行を自白している自白調書の信用性を高める」(少なくとも物理的に実行できないので信用できないという予想される反論を排斥できるという意味で信用性を相対的に高める)という意味を有すると思います。

 

(3) 再現結果が客観的な状況と一致したこと

ア 問題文の事情

更に、この実況見分調書は、「犯行現場と同じ条件で、甲の自白通りの犯行再現をしてみたところ、本件車両と同じ位置に車両部に損傷がみられ、客観的な状況が一致した」という点にも意味があると言えそうです。

 

問題文が

「その後,Pらが海中から同車両を引き上げ,その車底部を確認したところ,車底部の損傷箇所が同年1月17日に発見された本件車両と同じ位置にあった。」

という事情を6項のパラグラフの最終行にわざわざ追加している意味はここにあると考えられます。

 

司法試験論文試験の問題文には無駄がないことについては下記の記事をご覧ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

イ 推認過程

つまり、

甲の自白内容と同じ再現結果が犯行現場の客観的な状況と一致した

そのような一致は偶然には考えづらい

甲の自白は信用できる

という推認が一つ可能となります。

 

その観点からすると実況見分調書で立証される事実は

①甲が平成21年1月12日にVを殺害したこと

ではなく

②甲が平成21年2月30日に犯行再現をしたこと

(②´その結果が遺体発見現場の本件車両と一致したこと)

と言え、②だけでも独立した証拠価値があると言えそうです。

 

(②´は、厳密には遺体が見つかった車両に関する証拠と合わさって初めて認定できる事実になりますので実況見分調書だけから認定はできませんが、実質的にはこういうことになると考えられます。)

 

ウ 「物理的に可能か」とは両立し得る

なお、損傷個所の一致は(1)の犯行か物理的に可能かということを裏付ける一つの事情に過ぎないという整理も可能と思われますが、たとえば甲が一人で「車を持ち上げられたこと」と、「犯行再現が客観的な状況と一致した」ということは信用性を検討する事情として、両立しうる話で別々の事情ような気がします(車は持ち上げられたけど、車両底部に損傷は生じなかったという再現結果もあり得るかもしれません。)。

 

(4) まとめ

証拠構造という観点からするとH21.2.3に行った犯行再現結果自体が資料1の自白調書の信用性を高める補助証拠としての意味を持つ。

 

という整理になります。

 

3.実況見分調書の意味を踏まえた弁護人の対応

少なくとも裁判所は上記のように考える可能性が高いので、弁護人は実況見分調書を不同意の証拠意見とせざるを得ないかと思います。

 

本件では、甲の自白調書がありますので、任意性を争うことが難しい場合には、実況見分の正確性等を争って、最終的に自白調書は信用性できないという方向にもっていかなければ、非常に難しい裁判となります。

 

弁護人が不同意の意見を述べた場合には、検察官は刑訴法321Ⅲでの採用を裁判所に求めるため、作成の真正立証として、Pらの証人尋問請求を行うことになります。

 

その上で、弁護人からすれば、実況見分の状況が正確であったか、再現の前提条件が正確であったかなどを指摘していく必要があろうかと思います。

その2 犯行再現と伝聞証拠(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)

その1の一般的な検討を踏まえて、日ごろの勉強の中でどこまで準備が必要であったかという点を考えてみます。

1.平成17年決定の理解は必須であったか

(1) 出題趣旨や採点実感の記載

考査委員としては理解して欲しかったのだといえるでしょう。

まず出題趣旨や採点実感には平成17年決定の知識が大前提になるような書きぶりがあります。

また、平成17年決定は実務的にも非常に重要な判例であるからです。

 

(2) 刑集判例百選に搭載されている

ただ、以上については「出題趣旨や採点実感が出てからだから後から何とでもいえる」と思われる方もいるかもしれません。

 

では、出題趣旨や採点実感を抜きにして、日ごろの学習で事前に備えておかなければならなかった判例知識といえるか。

備えておかなければならなかったと考えられます。

 

平成17年決定は、平成17年度の重要判例解説に掲載されています。

最高裁判所刑集判例集搭載の重要な判例として位置付けられています。

実際、平成17年決定はこの年の試験後に発行された刑事訴訟法判例百選の9版・10版に掲載されている判例です。

 

年度版の重要判例解説に目を通していれば触れる判例であり、刑集搭載判例であったことから、重要性は日ごろの学習で予め気が付いていなければならなかったといえるでしょう。

 

判例・裁判例の日ごろの学習の仕方は下記記事もご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

(3) 試験前に調査官解説を読める判例であった

平成17年度の調査官解説は平成20年11月に出版されていますので試験前に目を通すことは可能でした。

法曹時報への掲載はもっと早かったはずです。

したがって、調査官解説まで熟読し回答することが期待されていたとしても過言ではありません。

問題文も調査官解説を熟読していれば、考査委員の出題意図には気が付けるはずであり、比較的簡単な問題といえてしまうと思います。

 

(4) 調査官解説と出題趣旨の合致

現に、平成17年決定の調査官解説には

「犯行態様が物理的に可能なものであるか否かを吟味検討する」場合について、「説明内容の真実性を度外視しても証拠として一定の価値を有する…」

という記述があり、平成17年決定の考えが当てはまらない場合を指摘しています(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成17年度』345頁参照(法曹会、平成20年))。

 

他方で出題趣旨も

「犯行態様が物理的に可能なものであるか否かを吟味検討する」場合について、「説明内容の真実性を度外視しても証拠として一定の価値を有する…。」
「本件は、判例の見解が前提としていた事案とは異なり、検察官が設定した立証趣旨をそのまま前提にするとおよそ証拠としては無意味になるような例外的な場合などではなく、甲が供述しているような犯行態様が現場の客観的な環境との関係で物理的に可能であるか否かが正に問題になる事案であるとの理解が可能である。」

と述べています。

 

「物理的に可能」という言葉が共通して使われていることからして、平成21年の試験問題は平成17年決定の調査官解説を意識して作成されたものと推測されます。

 

調査官解説が大ヒントになっている問題であったということです。

 

2.合格水準は高くなかったのでは

(1) 平成17年決定の理解は受験生には難しかった

とはいえ、おそらくこの年の受験生は殆どの人が平成17年決定を意識して回答できていなかったのではないかと思います。

 

実務では平成17年決定の内容は当たり前の話ですし、試験問題の問題意識は初見でもよくわかります。

 

平成17年決定の調査官解説は

「平成17年決定の法解釈は…実務上広く支持されてきた」ものの「これと異なる扱いをするなど、ややルーズな運用もみられ」ていたと指摘した上、裁判員制度が始まることも踏まえ「証拠能力に関するル一ルはこれまで以上に明確にしておく必要性が高いように思われる。」(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成17年度』348参照(法曹会、平成20年))」

と指摘しています。

それまで実務上広く行われたきた法解釈に関し、(あえて)平成17年決定が出された意義はこの点にあります。

 

(2) 今後はもう少し高い水準が必要かも

しかし、そうした感覚を養えない受験生の立場からすれば、なかなか難しい問題であったように思います。

巷で出回っている再現答案に目を通してみると現実的な合格ラインが見えてくるはずですが、具体的事案に踏み込んで要証事実を把握できていた答案は殆どなかったのではないでしょうか。

 

逆に言えば、そこまで精緻な判例の理解はなくとも合格レベルに到達可能な問題であったと言えます(司法試験全般を通じてこの傾向はあります。)。

試験の場で自分ができなくても他の受験生もできませんから、「試験の場では焦らない」というマインドを持つことが大切です。

他方、平成17年決定を意識しつつ要証事実を指摘できた答案は抜きんでた高評価になる可能性はあり、こういう答案を書ければ、他の科目で失敗した時の保険になるという考え方もできるでしょう。

 

とはいえ、平成21年にこの問題が出てから、しっかり対策をする受験生が出てきているようにも思います。

同じような問題が出た場合には要証事実の把握について、平成21年の合格者答案よりも高い水準が合格レベルになる可能性が高いと言えるでしょう。

その1 犯行再現と伝聞証拠(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)

前置きが長くなりました。

具体的に司法試験の過去問を検討していきます。

 

私の趣味もあり、刑事系第2問(主に受験生には理解が難しい証拠や公判)について扱っていく予定です。

 

なお、分析で示した結論は、実務家としての私の見解ではなく、あくまでも試験を解く上での戦略的な見解に過ぎないことも申し上げておきます。

 

1.平成21年の問題を選んだ理由

「平成21年?ずいぶん古い問題だな」と感じた方もいらっしゃるかと思います。

 

何故この理由を選んだかというと「よい問題」だからです。

 

もう少し具体的に言うと、

・数年前の最高裁判例を少しずらした典型的な出題で司法試験のクセを知ることができる

・伝聞法則の本質が詰まっている

・同じような問題意識を問う問題が何度も出題されている

からです。

 

とくに、「同じような問題意識を問う問題が何度も出題されている」のは、何度問題を出しても受験生が、司法試験考査委員が回答してほしいことにうまく回答できていないからだと推測されます。

 

ということで、この問題はできるだけ早く、何度も何度も解いた方がよいということになります。

 

2.前提論点

(1) 伝聞法則の趣旨云々の論点

「伝聞法則の趣旨は…。したがって、公判廷外の供述が伝聞証拠に該当するか否かは、要証事実との関係で供述内容の真実性が問題になるかで相対的に定まる云々。」

刑訴法320条1項のお決まりの論証ですが、前提としては触れなければなりません。

ただし、解釈が分かれるような場面ではありませんので、さらっと書く程度にする必要があります。

 

(2) 捜査機関作成の実況見分調書と321Ⅲの適用

捜査官Pが甲の再現状況や供述を知覚・記憶・叙述して記録した部分です。

厳密には供述を書き留めた部分と写真撮影した部分ですね。

大前提として触れる必要はあるでしょう。

 

捜査機関作成の実況見分調書について刑訴法321Ⅲが適用されるかにつき、学説では反対説もあるようですが、判例は適用があると示しています(最判昭和35年9月8日刑集14巻11号1437頁)。

実務の運用も固まっています。

したがって、この論点を延々と論じてはいけません(そのような時間はないでしょう。)。

 

また、ここで否定説をとるとこの時点で答案が止まってしまいますし、実務家登用試験である司法試験ではどのような評価をされるかわかりません。

 

真面目な方ほど、こういう論点に時間をかける傾向がありますが、個人の見解は押し殺して、肯定説をさらっと書く程度にするほかありません。

 

(3) 検察官の立証趣旨の拘束力

要証事実が何かを把握するにあたっての段階で論じるべきか、個別の論点として別に論じるべきか、色々な構成がありそうですが「検察官の立証趣旨に裁判官は拘束されるか」という点も問題になり得ます。

 

明確に論じた文献に当たることができていませんが、刑事訴訟法が当事者主義の建前をとっている観点や不意打ち防止等の観点からか、基本的には検察官が設定した立証趣旨を前提に判断し、他方で「立証趣旨に拘束されるとおよそ無意味な証拠に証拠能力を付与ずることになりかねないような場合にまで裁判所が当事者の設定した立証趣旨に拘束されると解するのは相当でない」というのが実務の一般的な見解と思います(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成17年度』345頁参照(法曹会、平成20年))。

 

仮に、裁判所は検察官の立証趣旨に拘束されるという見解をとってしまうと、その時点で「問題文の事情を使うことなく」答案が止まってしまいます。

 

考査委員が時間をかけて一生懸命考えた問題文の事情を使用しない回答が、考査委員の求めるものとは通常考えられません。

 

ということで、この問題に触れるのであれば、(最終的には)立証趣旨には拘束されない立場をとらざるを得ません。

 

3.甲の再現写真・甲の供述部分の伝聞証拠該当性

(1) 平成17年決定が出てこないといけない

2(1)の論点を簡単に論じた後、本件の要証事実が何かである論じ、結論を出すということになります。

 

犯行再現結果が記録された実況見分調書等が出てきた場合には、最高裁平成17年9月7日決定(刑集59巻7号753頁)(平成17年決定)が頭に浮かばなければなりません。

平成17年決定の言葉を借りれば「実質においては、再現された通りの犯罪事実の存在が要証事実になるもの」かどうか、そうではないかを検討する必要があります。

 

(2) 平成17年決定との異同

平成17年決定はいわゆる迷惑行為防止条例違反等の事件で、警察署内での、被害者の被害状況の再現と被告人の犯行状況の再現についての写真と供述が問題となった事案でした。

 

迷惑行為の被害状況や事件時の再現状況を「警察署」で再現し、特に厳密に当時の電車内の状況を再現して行ったものでもなさそうです。

被害者や被告人の「犯罪事実に関する」供述内容を分かりやすくするために作っただけのものであり、被害者と被告人による犯行再現それ自体で何か意味があるわけではなく、実質的には犯罪事実を証明するためのものと考える他ない事例です。

 

他方、本件では、甲が自白した犯行は、殺害したVの遺体を自力で運んで車に乗せて、ドライブレンジにしたまま車を走行させて、車を持ち上げて海に転落させたというものでした。

 

平成17年決定の事案とは異なり、一見して「本当にそんな犯行は可能なの?」「ドライブレンジにしたままで車が自動的に走行するのか?」「独りでVを運ぶとかできるの?」「車を一人で持ち上げるとか無理じゃない?」という疑問が問題文を読んだときに頭によぎればもらったも同然です。

 

甲の自白が実現可能なものか確認する必要があるように思えることから、「再現された通りの犯罪事実の存在が要証事実」ではなく、具体的事実を引用して評価しつつ、最終的には「犯行が物理的に可能かどうかを検討する必要がある事案であり、実況見分をした事実自体に意味がある。実況見分をして犯行が物理的に可能であること自体が要証事実となる」とでも論じることが考えられるでしょう。

 

(3) 担当調査官の言葉を借りた場合

なお、担当調査官の言葉を借りれば、

「当事者が設定した立証趣旨をそのまま前提にするとおよそ証拠としては無意味になるよ うな例外的な場合に、 実質的な要証事実を考慮する必要がある」(平成17年決定調査官解説p346)

と論じ、本件の事情を検討し、

「証拠として無意味にならず、実質的な要証事実は犯行が物理的に可能であったことである。」

などと結論を出してもよいのかもしれません。

 

司法試験の論文試験では、判例・裁判例から少しずらした問題が頻出です。これについては下記記事もご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

司法試験対策としての判例・裁判例の学習の仕方

司法試験論文試験では、判例・裁判例を題材にした問題が狙われやすい

というお話をしました。

 

とはいえ、判例・裁判例は膨大な分量があり、全てに目を通すのは不可能です。

司法試験の学習にあたっては以下のようにメリハリをつけるのがよいと思います。

 

 

1.判例百選・年度版の重要判例解説

著名な法律家がセレクトした判例・裁判例ですから、判例百選に掲載されている判例・裁判例はチェックしましょう。

また、過去数年前の判例・裁判例を題材にした問題が出やすいこともお話しました。

年度ごとに出る重要判例解説もチェックしておいた方がよいです。

 

2.百選の読み方・特に解説にはご注意を

(1) 事案や要旨の抜き出しが不十分なものがある

ただし、百選を全て読めばよいというわけでもありません。

事案や判決要旨の抜き出し方が「実務上有益≒司法試験対策に有効」という意味では不十分なものもあります。

わかりづらいのは読み手の理解力の問題ではなく、執筆者との問題意識のズレに原因がある可能性があります。

事案や判決要旨を一読してわかりづらければ、「迷わず」判例秘書等で原文にあたることをお勧めします

 

原文にあたると、いわゆる「あてはめ」等についても詳細に書かれており、それに目を通して初めて意味が分かってくる判例・裁判例もあります。

原文を精読しろという意味ではありません(時間的にも厳しいでしょう。)。

大事なポイントに目を通すのが大事です。

 

(2) 司法試験対策に有益ではない解説もある

解説も要注意です。

学術的には価値があっても、(あくまでも)実務上(司法試験対策上)有益とはいえない解説もあります。

 

一読してよくわからなければ、何度も読んで無理に理解する必要はありません。

 

ただし、実務家の解説は必読です(特に刑訴法)。

実務上問題となるポイント(事実の評価や射程など)が書かれており、司法試験上も有効であることが多いです。

また、実務家の解説は平易でわかりやすいです。

実務家の解説を難しいと感じるようでしたら学習不足ととらえた方が良いと思います。

 

(3) 判例タイムズ判例時報の解説にも意識を

百選掲載の判例・裁判例で、判例タイムズ判例時報等に載っているものがあれば、そちらの解説の方がわかりやすいことが往々にしてあります。

百選の解説が一読してよくわからない場合には「迷わず」こちらの解説を読むようにした方がよいです。

繰り返しますが、わかりづらいのは読み手の理解力の問題ではなく、執筆との問題意識のズレに原因がある可能性があります。

 

(4) 「百選をつぶす」を言葉通り捉えない

なお、学習上「百選をつぶす」という言葉をよく耳にしますが、百選だけ読んでいればいいという意味で使われているのであれば、推奨はできません。

メリハリが大切です。

 

3.百選の中でも特に重要なもの

(1) 民集刑集って?

とはいえ、百選も量が多いのも確かです。

その中でメリハリをつけるとすれば、民集刑集に搭載されている(搭載予定の)判例を意識した方が良いでしょう。

民集とは最高裁判所民事判例集刑集とは最高裁判所刑事判例集のことです。

わかりやすくいえば、民集刑集には最高裁判所で出された裁判のうち、重要なものが搭載されています。

(なお、集刑、集民というのは、最高裁判所裁判集. 民事or刑事のことであり別モノです。)

 

(2) 民集刑集判例は調査官解説が出る

そして、民集刑集に搭載される判例は、事件を担当した最高裁判所調査官による判例解説(調査官解説)が書かれます。

 

調査官の役割等については割愛しますが、調査官解説には事案の概要と判旨のほか、事案の問題点、これまでの学説の議論状況、判例・裁判例の議論状況、本件の結論に至った経緯、本件の意義、射程や今後の課題等が詳細に論じられています。

 

調査官解説は解説も平易でわかりやすく、その判例を理解するのに最も重要な資料です。

 

百選に載っている判例の中で、民集刑集に搭載されているケースの調査官解説はできるだけ目を通した方がよいでしょう。

 

なお、調査官解説では、過去の関連する民集刑集搭載判例について論じられていることもあります(過去の判例では触れていない論点だったなどの解説が載っていることもあります。)。

それらの過去の判例が百選に載っていない場合でも、気になった場合には芋づる式に調査官解説を一読することも有益です。

 

(3) 論文試験の出題のヒントが書かれていることも

司法試験では「判例・裁判例から若干ずらした(射程外ともいえる)問題」が出ることがある

 

という話をしました。

 

調査官解説には、判旨等に現れていない問題意識や、射程、今後の課題等について述べられているものもあります。

そうした記載は実務上非常に重要ですが、当然、司法試験でも重要になってきます。

 

(4) 調査官解説なんて読んでいられないよ?

調査官解説なんて読む時間はない。

 

という方もいらっしゃると思います。

もちろん無理に全てに目を通す必要はありません。

 

ただ、私の感覚で申し上げると、百選の全てに漠然と目を通すよりも、重要な判例の調査官解説に目を通し、メリハリをつけて学習した方が、学習全体の効果としては高いように思います。

 

なお、最新の判例の調査官解説は、簡易なものはジュリストの「時の判例」に、詳細なものが月次で発刊される法曹時報に掲載されていきますので、全て読むかはさておき、毎月チェックしておくとよいと思います。

年度(あるいは半期)毎の調査官解説が掲載された『最高裁判所判例解説』という書籍が発刊されるのはもう少し後の話になります。