司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

犯行再現と伝聞証拠 その2(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)

その1の一般的な検討を踏まえて、日ごろの勉強の中でどこまで準備が必要であったかという点を考えてみます。

1.平成17年決定の理解は必須であったか

(1) 出題趣旨や採点実感の記載

考査委員としては理解して欲しかったのだといえるでしょう。

まず出題趣旨や採点実感には平成17年決定の知識が大前提になるような書きぶりがあります。

また、平成17年決定は実務的にも非常に重要な判例であるからです。

 

(2) 刑集判例百選に搭載されている

ただ、以上については「出題趣旨や採点実感が出てからだから後から何とでもいえる」と思われる方もいるかもしれません。

 

では、出題趣旨や採点実感を抜きにして、日ごろの学習で事前に備えておかなければならなかった判例知識といえるか。

備えておかなければならなかったと考えられます。

 

平成17年決定は、平成17年度の重要判例解説に掲載されています。

最高裁判所刑集判例集搭載の重要な判例として位置付けられています。

実際、平成17年決定はこの年の試験後に発行された刑事訴訟法判例百選の9版・10版に掲載されている判例です。

 

年度版の重要判例解説に目を通していれば触れる判例であり、刑集搭載判例であったことから、重要性は日ごろの学習で予め気が付いていなければならなかったといえるでしょう。

 

判例・裁判例の日ごろの学習の仕方は下記記事もご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

(3) 試験前に調査官解説を読める判例であった

平成17年度の調査官解説は平成20年11月に出版されていますので試験前に目を通すことは可能でした。

法曹時報への掲載はもっと早かったはずです。

したがって、調査官解説まで熟読し回答することが期待されていたとしても過言ではありません。

問題文も調査官解説を熟読していれば、考査委員の出題意図には気が付けるはずであり、比較的簡単な問題といえてしまうと思います。

 

(4) 調査官解説と出題趣旨の合致

現に、平成17年決定の調査官解説には

「犯行態様が物理的に可能なものであるか否かを吟味検討する」場合について、「説明内容の真実性を度外視しても証拠として一定の価値を有する…」

という記述があり、平成17年決定の考えが当てはまらない場合を指摘しています(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成17年度』345頁参照(法曹会、平成20年))。

 

他方で出題趣旨も

「犯行態様が物理的に可能なものであるか否かを吟味検討する」場合について、「説明内容の真実性を度外視しても証拠として一定の価値を有する…。」
「本件は、判例の見解が前提としていた事案とは異なり、検察官が設定した立証趣旨をそのまま前提にするとおよそ証拠としては無意味になるような例外的な場合などではなく、甲が供述しているような犯行態様が現場の客観的な環境との関係で物理的に可能であるか否かが正に問題になる事案であるとの理解が可能である。」

と述べています。

 

「物理的に可能」という言葉が共通して使われていることからして、平成21年の試験問題は平成17年決定の調査官解説を意識して作成されたものと推測されます。

 

調査官解説が大ヒントになっている問題であったということです。

 

2.合格水準は高くなかったのでは

(1) 平成17年決定の理解は受験生には難しかった

とはいえ、おそらくこの年の受験生は殆どの人が平成17年決定を意識して回答できていなかったのではないかと思います。

 

実務では平成17年決定の内容は当たり前の話ですし、試験問題の問題意識は初見でもよくわかります。

 

平成17年決定の調査官解説は

「平成17年決定の法解釈は…実務上広く支持されてきた」ものの「これと異なる扱いをするなど、ややルーズな運用もみられ」ていたと指摘した上、裁判員制度が始まることも踏まえ「証拠能力に関するル一ルはこれまで以上に明確にしておく必要性が高いように思われる。」(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成17年度』348参照(法曹会、平成20年))」

と指摘しています。

それまで実務上広く行われたきた法解釈に関し、(あえて)平成17年決定が出された意義はこの点にあります。

 

(2) 今後はもう少し高い水準が必要かも

しかし、そうした感覚を養えない受験生の立場からすれば、なかなか難しい問題であったように思います。

巷で出回っている再現答案に目を通してみると現実的な合格ラインが見えてくるはずですが、具体的事案に踏み込んで要証事実を把握できていた答案は殆どなかったのではないでしょうか。

 

逆に言えば、そこまで精緻な判例の理解はなくとも合格レベルに到達可能な問題であったと言えます(司法試験全般を通じてこの傾向はあります。)。

試験の場で自分ができなくても他の受験生もできませんから、「試験の場では焦らない」というマインドを持つことが大切です。

他方、平成17年決定を意識しつつ要証事実を指摘できた答案は抜きんでた高評価になる可能性はあり、こういう答案を書ければ、他の科目で失敗した時の保険になるという考え方もできるでしょう。

 

とはいえ、平成21年にこの問題が出てから、しっかり対策をする受験生が出てきているようにも思います。

同じような問題が出た場合には要証事実の把握について、平成21年の合格者答案よりも高い水準が合格レベルになる可能性が高いと言えるでしょう。