司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

自白法則と違法収集証拠排除法則 その4(司法試験論文試験 令和2年 刑事系科目・第2問・設問1・設問2)

その2 の整理に従って検討していきます。

 

その3 で自白法則を検討しましたので、違法収集証拠排除法則を検討します。

 

1.判例の検討

(1) 百選掲載判例の理解

問題文は約22時間にわたる取調べが行われています。

この時点で、最高裁平成元年74日決定(百選11版・7事件)の事案がぱっと頭に浮かぶ必要があります。

その上で、平成元年決定の枠組みとなる、最高裁昭和59229日決定(百選11版・6事件)の理解も必須でしょう。

これらは百選に掲載され続けており、当然、刑集搭載判例です。

正確な理解が求められても酷とはいえません。

 

判例の学習の仕方については以下の記事もご覧ください。

 

ozzyy.hatenablog.com

 

(2) 実質的逮捕?

この手の問題が出てきたときに、「実質的逮捕かどうか」という論点が頭に浮かぶかもしれません。

 

出題趣旨に言及もありますし、間違ってはいないとは思いますが、実質的逮捕かどうかを論ずる実益は、捜査段階において身体拘束を争う場面で生ずるというのが実務的な感覚と思います。

たとえば、実質的逮捕が、実際の逮捕よりも早く始まっていれば、逮捕から送致・勾留請求の時間制限を超えており、身体拘束は違法といった立論になるからです。

(実際、百選11版・5事件は、勾留請求却下の裁判に対する準抗告申立事件です。自白の任意性等の証拠能力が問題となった場面ではありません。)

 

他方、川出敏裕「判例講座 刑事訴訟法[捜査・証拠編]2版」(2021年、立花書房)、第3章・Ⅱ・2(1)・アでは昭和59年決定以前の判断枠組みは実質的逮捕にあたるかどうかというアプローチをしている裁判例が紹介されています。

 

違法収集証拠排除法則等の関係でも実質的逮捕にあたるとすれば無令状で逮捕と同等の状況を作出していることから「令状主義の精神を没却する」という評価につなげやすい点はあるかもしれません。

しかし、判例は異なり立論をとっており、これと異なる任意同行と実質的逮捕かという議論にに立ち入るとヤヤコシクなってきますので、答案政策上は、難しいことは考えずに、上述の、昭和59年決定・平成元年決定の枠組みに従うべきでしょう。

 

なお、問題文では、「P及びQは,甲を徒歩で同行」とあり、パトカーに乗せて同行したわけではありません。この点からしても実質的逮捕の論点は(否定はできないが)立ち入らないように誘導していたと考える余地はありそうです。

 

(3) 昭和59年決定・平成元年決定の留意点

申し上げるまでもないことですが、昭和59年決定、平成元年決定は、取調べ下の自白の任意性が争われる中で、取調べは違法とはされなかった事案です。

 

が、(虚偽の自白による冤罪やその原因としての捜査機関による取調べがまだまだ問題視されていなかった)当時の時代的な背景が多分にあったと思いますし、多数意見に対し、意見・反対意見が付された「限界事例」であったという評価が多勢と思います。

 

現に、担当調査官の解説も、実務家が執筆した判例百選の解説も非常に歯切れが悪いものとなっています。

 

2.取調べの違法性

(1) 昭和59年決定の枠組みに沿って検討

以下、検討します。

 

司法試験が実務家登用試験である以上、考慮要素は昭和59年決定をそのまま使う他ないでしょう。問題文を見ても拾うべき事情がたくさんあり、いわゆる規範の定立とやらに時間をかけている余裕はありません。

 

考慮要素の軽重については、川出敏裕「判例講座 刑事訴訟法[捜査・証拠編]2版」(2021年、立花書房)、第3章・Ⅱ・2(3)・イで分析がされており、参考になります。

 

川出教授は、事案の性質・取調べの必要性(一般的な取り調べの必要性ではなく問題とされた取調べ方法をとる必要性)・容疑の程度を、①当該取調べを行う必要性、被疑者の態度・取調べの方法態様を、②制約される被疑者の権利・利益の性質とその制約の程度と位置付けて整理されています。

 

(2) 昭和59年決定の考慮要素

ア 事案の性質

住居侵入窃盗事件です(科刑上一罪で法定刑は懲役10年以下)。

単なる万引きとは異なり、侵入工具を準備する計画性があること、人の家に侵入して物を盗む時点で悪質であることからして窃盗の中では悪質です。

連続して発生している事件であり、近隣を不安に陥れているという事情もあるでしょうから、重大な事案という評価も可能でしょう。

 

しかし、昭和59年決定は殺人被告事件(法定刑は死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)、平成元年決定は強盗致死等事件(強盗致死の法定刑は死刑または無期懲役)と各段に法定刑の重さが違います。

 

重大な事案であればあるほど取調べの必要性は肯定されやすく、本件では相対的に取調べの必要性は高くないということになろうかと思います。

 

イ 取調の必要性

川出教授は、①身体拘束をせず任意の取り調べをとる形式をとる必要があったか(逮捕の要件が備わっていたかどうか)、②当該事案で行われた形態での取調べを行う筆余生がどの程度あったかどうか、という観点から整理されています。

 

①でいえば、本件で甲に逮捕の要件が備わっていたとまでは言えないでしょう。

②でいえば、徹夜で取調べをする必要があったかどうかですが、、「ない」のではないでしょうか。

 

平成元年決定は23時頃に任意同行を求められ、「何とか早く犯人がつかまるように私もお願いします」という話があり、徹夜で取調べが行われたところ、翌日午前9時頃に一部自白をしました。その後、11時頃に上申書等が作成されたのですが、客観的事実と異なる等の事情があり、その後も取調べが続けられたという事情がありました。

 

昭和59年決定は、4泊5日という考えられない態様で、比較にならないので省略します。

 

本件ではそうした事情はありません。甲は否認し続けています。

 

ウ 容疑の程度

目撃情報が信用できることが前提ですが

「甲が、12月1日夜,…X方において,庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスにガラスカッターを当てているのを,顔見知りの住民Wに目撃されたために逃走した旨の情報」

「甲がガラスカッターを当てていたクレセント錠近くの窓ガラスに,半円形の傷跡が残

されており,その傷跡は一連の住居侵入窃盗事件の窓ガラスの割れ跡と形状において類似していた」

という事情があり、一定程度の嫌疑はあったといえるでしょう。

 

なお、昭和59年決定は被害者と同棲したことがある人物ということで被告人が捜査線上に上がり、アリバイの主張が虚偽であったことがきっかけに任意同行を求められたようです。

平成元年決定は被害者と事件の一カ月前まで交際していたという理由で被告人に生活状況や交友関係等の事情を行くために任意同行を求められたようです。

 

昭和59年決定・平成元年決定は、本件より低い嫌疑が事案だったといえるかもしれませんが、やはり事案として、人が亡くなっている重大事件であったことから、取調べの必要性が肯定されやすかったのではないかと思います。

 

エ 被疑者の態度
甲は,「疑われるのは本意ではないし,早く犯人が捕まってほしいので協力します。」と言ってこれに同意した。
「取調べは・・・約24時間行われたが,その間,甲は,取調べを拒否して帰宅しようとしたことはなく,仮眠したい旨の申出をしたこともなかった。」

という事情があります。

 

一般的には被告人が同意をしていたという事情と言えるでしょう。

 

しかしながら、任意同行時はさておき、一度警察署に同行されて帰宅することは仮眠を申し出ることは至難の業です。

結論をどうとるかにもよりますが、この事情を過大評価することは危険と思います。

 

オ 取調の方法・態様
甲からのトイレの申出にはいずれも応じたほか,朝食,昼食及び夕食を摂らせて休憩させた。
同取調べ中,同取調室及びその周辺には,現に取調べを行っている1名の取調官のほかに警察官が待機することはなかった。

という事情はあります。

 

しかしながら、徹夜の取調べは、身体的・精神的な負担が大きいことは明らかで、取調べの方法・態様として相当は言い難いという評価にならざるを得ないと思います。

 

(3) まとめ

類似した犯行を甲が行った目撃情報があり犯罪の嫌疑は一定程度あった。
もっとも、被疑事実は住居侵入窃盗事件であり特段重い事件ではなく、甲は一貫して否認しており取調べを24時間継続させる必要がある事情はなかった。
確かに甲は任意同行時は自ら進んで取調べを望んだが、捜査官からの提案なしに警察署において自ら帰宅や睡眠を申し出ることは極めて困難であり、この点は重視されるべきではない。
加えて、取調べ時のどちらか1名のみが立ち会い、トイレの申出や食事をとることはできているものの、徹夜の取調べは身体的・精神的負担が大きく、方法態様としても相当ではない。
以上を総合すると、本件取調べは、社会通念上相当と認められるものではなく、任意捜査として許容されるものではない。

といったところになるかと思います。

 

3.違法の重大性

(1) 判断枠組み

答案戦略上は、東京高裁平成14年9月4日判決(百選11版・71事件)の判断枠組みを利用するほかありません。何度も言いますが、規範定立とやらに時間をかける余裕はありません。

「自白を内容とする供述証拠についても、証拠物の場合と同様、違法収集証拠排除法則を採用できない理由はないから、手続の違法が重大であり、これを証拠とすることが違法捜査抑制の見地から相当でない場合には、証拠能力を否定すべきである」

です。

 

(2) 違法の重大性

客観的な手続違反の程度、手続違反がなされた際の捜査機関の主観面という観点から検討するのが一般的かと思います(百選11版・88事件の解説ご参照)。

 

任意取調べという形式を利用したものの、約24時間に及ぶ長時間の徹夜取調べであり、実質的には身体拘束をしているに等しい状況にあった。
Qとしても、「このままではらちが明かない」と考え、長時間の徹夜取調べで疲労している甲の状況をみて、嘘をつくだけで自白を得られるのではないかと考えて、甲が披露している状況を利用して偽計を用いて自白をさせたという意図を持っていた。

 

(ここから先、なぜ重大と言えるかの評価には様々な意見がありうるところですが。)

以上からすると、取調べは客観的な手続き違反の程度も大きく、さらに捜査官の意図としても甲の人権を全く無視し、嘘をついて自白を得ようとした捜査官としてあるまじき態度であったことから、手続の違法性は重大なものと言える。

 

といった評価が可能かと思います。

 

(3) 証拠排除相当性

手続の頻発性、手続違反と当該証拠獲得との因果関係の程度、証拠の重要性、事案の重大性などが考慮要素とされています(百選11版・88事件の解説ご参照)。

 

その2でも触れましたが、証拠の重要性、事案の重大性が考慮要素とされることについては批判もありますが、答案戦略上は入れざるを得ないでしょう。

 

本件自白調書は、違法となった取調べ下で直接得られたものであるが、近隣で住居侵入窃盗事件が5件連続で起きていたところ、甲が類似の犯行をしようとしていた目撃情報があった中で取調べであったという特殊な経緯をたどっており、頻発性が高いとは言えない。
事案は住居侵入窃盗事件と法定刑こそ殺人事件等と比較すれば軽いものの、住居侵入窃盗は窃盗事件の中では重い事案である。
さらに、本件では、甲の自宅から茶封筒入り 1万円札10枚とガラスカッター1点が押収されてはいるものの、犯行に使用されたものと同一であるとまでは言えず、甲が犯人であることを強く推認させるような証拠ではない。
他に甲が本件犯人であることを裏付けられる証拠はなく、自白がなければ甲は無罪となる結論になるが、被害者もいる住居侵入窃盗事件であることを踏まえると、当該自白を証拠排除することはかえって司法の信頼を害する結果ともなり得る
以上を踏まえると、本件では違法性が重大であることを宣言すれば足り、証拠排除することまでが相当とは言えない。

したがって、甲の自白の証拠能力は認められる。

 

といったあてはめが考えられるかと思います。

もちろん、逆の結論でもよいのではないかと思います。

自白法則と違法収集証拠排除法則 その3(司法試験論文試験 令和2年 刑事系科目・第2問・設問1・設問2)

その2 の整理に従って検討していきます。

 

自白の任意性→違法収集証拠排除法則の順で検討します。

1.偽計による自白→結局あてはめ

最高裁昭和45年11月25日大法廷判決(百選11版・69事件)は、

偽計によって被疑者が心理的強制を受け,その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には,右の自白はその任意性に疑いがあるものとして,証拠能力を否定すべき

としています。

 

結局、答案政策上とらざるを得ないであろう任意性説からすれば「心理的強制を受け,その結果虚偽の自白が誘発されるおそれ」があったかどうかが重要で、あてはめ勝負です。

偽計による自白というイメージが先行し「偽計=任意性なし」と端的に結論を出した方も一定数いたのではないかと推測します。

偽計と自白の任意性の関係については、宇藤ほか「リーガルクエス刑事訴訟法(第2版)443~445頁(有斐閣、2018年)」に精緻な分析がなされており、参考になるかと思います。

 

具体的にどう事実を評価するかが重要です。

 

2 百選掲載判例・裁判例との比較

具体的にどう評価するかを考えるにあたっては、代表的な判例・裁判例の事案を正確に理解しておく必要があります。

 

(1) 問題文

司法警察員Qは…本件住居侵入窃盗が行われた同月3日の夜に甲が目撃されたという情報は得ていなかったにもかかわらず,甲に対し,「12月3日の夜,君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」と申し向けた。それを聞いた甲は,それまでの取調べの結果疲労していたこととあいまって自白するしかないと思い込み,同月5日午後7時30分頃,本件住居侵入窃盗を行ったことを認めるに至った。

 

(2) 百選掲載判例1 最高裁昭和45年11月25日大法廷判決(百選11版・69事件)

詳細は省略しますが、銃刀法違反の事件で、被疑者に対し、妻が被疑者との共犯関係を自白した旨の虚偽の事実を伝えて被疑者から自白を得た上、 今度は被疑者の妻に対し、 被疑者が共犯関係を自白した旨を告げて共犯関係の自白を得たという事件です。

いわゆる切違い尋問と言われるものです。

(結論は有罪です。)

 

(3) 百選掲載裁判例2 東京地裁昭和621216日判決(百選9版・75事件)

詳細は省略しますが、強盗強姦未遂事件で犯人と思しき人物がデッキシューズ1足を遺留したところ、捜査官が「デッキシューズの分泌物がお前のと一致した」 旨を述べたところ、被疑者が、もはや何を言っても無駄であるとの思いから抵抗の気力を失い、自白し調書を作成するに至ったという事件です。

なお、公判における証拠調べの結果、 デッキシューズ内に印されている足型や素足痕の足型が被疑者のそれとは明らかに異なっていること、 デッキシューズに残された汗等の体液から判明した血液型が被疑者のそれとはー致しないことが明らかになっています。

(結論は無罪です。)

 

3.検討

(1) 百選掲載判例・裁判例の検討

ア 百選9・75事件 

百選9・75事件の事例は、偽計の内容が、犯人であることを推認させる決定的な証拠となり得るものであったと言えます。

 

仮にデッキシューズが犯人が遺留した以外に考えられず、付着していた分泌物のDNA型が被告人のDNA型と一致し、被告人が事件時以外に被害者と接触する可能性が考え難いような事案だったのであれば、自白がなくとも有罪になり得るような事実です。

 

この様な事実について偽計が用いられれば、たとえ犯人ではなくても何を言っても無駄だと諦めて自白をしてしまうという可能性が非常に高く、「心理的強制を受け虚偽の自白を誘発する恐れ」が非常に高いといえるでしょう。

イ 百選11事件・69事件

百選1169事件は、共謀が争点となってであろう事案で、共犯者が共謀を認めたという事実について偽計を用いられたという事案です。

ケースバイケースですが、共謀は意思連絡があるか否かがポイントなわけですから、共謀の認定にあたっては共犯者の供述が重要な証拠になります。自分が否認していても、共犯者の供述が信用できるとなれば、共謀を認定される可能性が優にあります。

 

共犯者(ましてや関係が深い妻・夫)が自白したと嘘をつかれれば、たとえ共謀がなくても何を言っても無駄だと諦めて自白をしてしまうという可能性が非常に高く、「心理的強制を受け虚偽の自白を誘発する恐れ」が非常に高いといえるでしょう。

 

(2) 問題の検討

では問題はどうでしょうか。

 

ア 嘘をつかれた事実関係

嘘をつかれた事実は「12月3日の夜,君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」という目撃情報です。

 

犯行があったとされる時刻と同時間帯の目撃情報という意味では、犯人と甲を結び付け得る事実であり、心理的強制を受けうるといえるかもしれません。

 

もっとも、事実は「甲が自宅から外出する」というものであり、たとえば「V方に侵入するのを見た」という目撃情報ではありません。

仮にこのような嘘をつかれても「公園に夜風にあたりに行っただけ。」などと弁解する強者はいる気がします(「コンビニに行った」となると防犯カメラ等で裏付けをとられる可能性があるかもしれません。)。

さらに、目撃者が誰なのかもわからず、見間違いの可能性も否定し得ない目撃情報です。

 

そうすると、少なくとも百選掲載判例・裁判例ほどの、決定的な証拠ではなく、何を言っても無駄だと諦めて自白をしてしまうという可能性が高いとまでは言えず、「心理的強制を受け虚偽の自白を誘発する恐れ」も高くないという評価は可能な事案です。

 

イ 長時間の取調べによる疲労

もっとも、本件では、12月421:30頃から徹夜で取調べを受け、偽計を用いられたのは12月519:10頃と、トイレに行くこともでき食事休憩をはさんだものの22時間取調べを受けていた状況でした。

 

問題文には「それまでの取調べの結果疲労していたこととあいまって自白するしかないと思い込み」とはっきり書いてありますから、この点に触れないわけにはいきません。

 

素直に考えれば、

Pが偽計を用いた目撃情報は、甲が犯行時刻と同時間帯に自宅を出たというものにとどまり、甲が方に侵入したなど甲の犯人性を推認させる決定的な事実関係ではなく、甲に与える心理的強制が大きいとは言い難い。
しかしながら本件ではトイレや食事休憩は挟んでいたものの、12月4日21:30頃から徹夜で取調べを受け、約22時間経過後に偽計を用いられており、その時点の甲の疲労は相当なものであったといえる。
そのような状況であれば、「甲が犯行時刻と同時間帯に自宅を出た」という偽計を用いられれば、疲労によって、犯人であることを裏付ける決定的な事実ではないといった冷静に判断することができず、強い心理的強制を受け、真実ではなくとも諦めて自白をしてしまうという虚偽の自白を誘発する恐れが高い状況にあったといえる。

といった評価が考えられるでしょう。

 

4.答案政策上の留意点

(1) 自白法則から検討する場合

もっとも、その2で述べたとおり、

自白の任意性から検討する立場であれば、任意性は肯定して違法収集証拠排除法則に移ることが無難です。

 

その際は、

・偽計を用いられた事実は「甲の犯人性を推認させる決定的な事実関係」ではない。
・約22時間にわたり長時間徹夜で取調べを受けていたとしても、甲から仮眠の申出があったわけでもなく、トイレや食事休憩をはさんでいたことを踏まえると、「決定的とまでは言えない事実関係について偽計」を用いられた場合に虚偽の自白を誘発してしまうほどの判断能力を失うような疲労ではなかった。

という逆の評価をする他ないと思いますし、問題文を見るとそのような評価は十分に可能と思います。

 

(2) 違法収集証拠排除法則から検討する場合

他方、違法集証拠排除法則から検討する立場であれば、(違法収集排除法則による証拠排除は否定せざるを得ませんが)、自白の任意性の結論はどちらでもよいので、上記3(2)イのようなあてはめでもよいのだろうと思います。

自白法則と違法収集証拠排除法則 その2(司法試験論文試験 令和2年 刑事系科目・第2問・設問1・設問2)

では具体的に検討していきます。

1.戦略という観点からの検討

前提として誤解のないようにしておきますが、私の感覚ではこの問題では取調べは違法であり、自白の任意性は認められないと考えます。

もっとも、問題文の事情を余すことなく使うためには、その結論では難しいところがあり、考査委員の求めるものに答えられているのかという疑問がわいてくる問題です。

ここではあくまで試験戦略的にどう考えるべきかという観点から検討していきます。

 

問題文に無駄がないということは下記の記事をご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

2.結論が大事という視点

(1) 自白調書が採用されなければ無罪

何度も言いますが、実務では結論が大切です。

結論の大切さについては下記の記事をご参照ください。

 

ozzyy.hatenablog.com

 

自白法則や違法収集証拠排除法則でいえば、結論によっては、ある証拠の証拠能力が否定される可能性があり、結論が大きく変わる可能性があります。

 

この問題は、甲の自白調書を証拠採用できないとなると、甲はほぼ間違いなく無罪になる事案です。

果たしてその結論が妥当なのかという視点は見落とせません。

 

(2) 事案の重大性や証拠の重要性

さらに見落としがちな視点として、違法収集証拠排除法則の、排除相当性を検討するにあたり、事件の重大性や証拠の重要性が考慮要素として挙げられる点があります。

これらを考慮要素とすることについて消極的な見解もありますが、裁判官は考慮していると思います。

現に、先行手続の違法と証拠能力に関するものですが、最高裁平成15214日判決(百選11版・90事件)は証拠の重要性を考慮しています。

 

(3) 考慮される理由

この点を教科書的に考えます。

 

違法収集証拠排除法則の根拠の一つに司法の無瑕疵性があります。

これは「捜査機関がひどい手を使って集めた証拠でも、安易に採用して有罪にしてしまうようでは国民は裁判所を信用しなくなる」という視点になるわけですが、逆に言えば「本当は犯罪を犯していて有罪になる人物が、捜査機関の手続が違反で証拠を採用できないがために無罪になってしまうのではかえって国民の裁判所に対する信頼を失う」ということも言えるわけです。

 

それはそれで正しい、有罪でも無罪になることこそが適正手続だという見解もあり得るわけですが、裁判所は結論を特に重視します。

事案の重大性や証拠の重要性は実務上は考慮されていると考えざるを得ないでしょう。

 

(4) 事案の重大性や証拠の重要性に触れた文献

証拠排除相当性の考慮要素として事案の重大性や証拠の重要性をあげている文献はたくさんありますが、考慮され得る理由まで掘り下げている文献はそう多くはありません。

この辺りが見落としがちになってしまう一つの理由と思います。

 

違法収集証拠排除法則の証拠排除相当性は裁量的・政策的判断であることから、考慮要素も広く考えられてよく、結論の妥当性を図るという観点から事案の重大性や証拠の重要性は考慮要素とされているのだと考えられます(平成15年2月14日判決の調査官解説でも言及されています(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成15年度』53頁のオ参照(法曹会、平成18年))。)。

 

杉田宗久元判事は、結論は明示されていませんが、重大事件の場合で捜査機関のミスによって証拠排除して無罪放免とすることが重い問題であると受け止められています(大澤裕=杉田宗久『違法収集証拠の排除』「対話で学ぶ刑訴判例法学教室328号71頁の発言)。なお、杉田元判事は、排除相当性の判断で証拠排除をしなくとも、捜査が違法であると述べる(いわゆる「違法宣言」)だけでも一定の効果があると評価されています(同文献70頁)。

 

原田國男元判事も、百選8版・7事件の解説にて、「自白の重要性が大きい場合や自白により決定的な物証が発見された場合にそれらを違法収取証拠として排除して果たして無罪とまでするかは今後の実務を見守るほかあるまい。」と述べられています。

 

(5) 暗記しようとすると忘れる

繰り返しになりますが、結論の重要性は受験生が見落としがちな視点と思います。

 

見落としがちな理由として、考慮要素を丸暗記しようとするが、書籍に載っている考慮要素が多い論点だけに、実際の答案では抜け落ちることが考えられるように思います。

 

今回の件でいえば、法学教室の連載までチェックするのはなかなか難しいかもしれませんが、平成15年判決の調査官解説は、平成15年判決が極めて重要な判例であることからすれば、目を通すことは過大な負担とはいえないように思います。

 

日ごろの勉強から、なぜこの考慮要素があげられるのかは意識するべきであり、持っている書籍の記述が薄ければ詳し目の文献にあたった方が記憶が定着し、かえって効率が良いということはあります。

 

3.証拠排除すると無罪という問題意識を聞いているか

本件では、甲の自白以外の証拠には

わざわざ

なお,甲方から発見押収された茶封筒入り現金10万円及びガラスカッターからは,Vの指紋やV方ガラスからの付着物等Vに直接結び付く痕跡は検出されなかった。
また,同ガラスカッターは,一般に流通し,容易に入手可能なものであった。
ほかに,本件住居侵入窃盗につき,その犯行状況を撮影した防犯カメラ映像その他の甲の犯行であることを直接裏付ける証拠は得られなかった。

と三つの文章にわたり甲の犯人性に関する証拠を記載していることからして、甲の自白がこの事件で有罪無罪の結論を分ける極めて重要な証拠であることが浮き彫りになっています。

この事情を使わないわけにはいかないでしょう。

 

問題文に無駄がないことについては、下記の記事をご参照ください。

 

ozzyy.hatenablog.com

 

4.証拠排除で無罪になる事件は薬物犯罪が多い

証拠排除によって無罪になる事件は時折ニュースになりますが、違法収集証拠排除法則で証拠排除がなされ、無罪判決となるのは多くが覚醒剤の自己使用などの薬物事案です。

 

この事案の特徴は決定的な証拠が尿の鑑定結果や違法薬物であるところ、その証拠の収集過程に違法な捜査が行われやすい点にあります。

 

さらに被害者がいないという点もあげられるでしょう。被害者がいないのであれば、(本当は犯罪を犯しているのに)証拠収集手続が違法で無罪であったとしても国民の反発は相対的に低いかもしれません。

しかし、直接の被害者がいた場合、本件でいえば、本当は住居侵入窃盗をしているにもかかわらず証拠収集手続違法で無罪というのは、被害者は納得しないでしょう。

世論も同調する可能性があります。

 

そうすると被害者がいるこの事案で証拠排除で無罪というのは裁判官が取りづらい結論のように見えます。

 

なお、その1でご紹介した、東京高裁平成1494日判決(百選11版・71事件)は、違法収集証拠排除法則に近い論理を採用し、自白調書の証拠能力を認めませんでした。

が、被告人は有罪という結論になっています。罪名も殺人事件という重大な犯罪です。

 

もし被告人の自白調書以外に証拠がなく採用されなければ無罪になるという事案であったら、この殺人事件で自白調書の証拠排除をするという結論を裁判所がとったかは疑問です。

 

5.二元説をとると困ったこと

(1) 自白の任意性なし・証拠排除相当を二つ書くべき?

自白法則で任意性なし、違法収集証拠排除法則で証拠排除という結論を出し、双方記述するという手はあり得るでしょう。

しかし、任意性がなく証拠能力がない時点で違法収集証拠排除法則で証拠排除される結論になろうがなるまいが、任意性がないために証拠能力はないので、違法収集証拠排除法則を論ずる実益はありません。

この辺りは実務的な感覚であり、実務家登用試験である司法試験で、「自白法則で任意性なし」という結論をとったにもかかわらず、更に違法収集証拠排除法則を検討するということが正しいのかはやや疑問です。

 

ただ、出題趣旨や採点実感ではそこまでの言及はないので、気にしすぎかもしれません。

 

(2) 答案戦略的な整理

以上を踏まえると、下記のような順序の検討が答案戦略上考えられます。

事案の重大性の評価や証拠の重要性を検討するためには違法の重大性は肯定せざるを得ません。

 

ア 違法収集証拠排除法則から検討する場合

理由:判断基準が明確

① 違法収集証拠排除法則

①ー1 違法性は重大

①ー2 証拠排除相当ではないとして証拠能力肯定

② 自白法則→どちらの結論でもよい

 

イ 自白の任意性から検討する場合

理由:条文があるため

① 自白法則→任意性は肯定

② 違法収集証拠排除法則

②ー1 違法は重大

②ー2 証拠排除相当→どちらの結論でもよい

自白法則と違法収集証拠排除法則 その1(司法試験論文試験 令和2年 刑事系科目・第2問・設問1・設問2)

更に過去問の検討をしていきます。

自白法則と違法収集証拠排除法則です。

1.なぜ令和2年の問題を選んだか

自白法則や違法収集証拠排除法則は誰もが知っている論点です。

ただ、いわゆるあてはめが難しいことがあります。

また、問いに癖はあるものの、この問題では刑事裁判手続き全体の結論をどう考えるかという実務的なバランス感覚が問われているように思えます。

以上の考えから、選びました。

 

結論の大切さについては、下記の記事もご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

2.前提知識

(1) 論点

①任意取調べの限界
②自白法則(偽計による自白)
③自白法則と違法収集排除法則の関係

という最低限の論点は理解しておく必要があります。

 

(2) 判例・裁判例

①については

最高裁昭和59229日決定(百選10版・6事件、11版・6事件)

最高裁平成元年74日決定(百選10版・7事件、11版・7事件)

 

②については

最高裁昭和45年11月25日大法廷判決(百選10版・71事件)

東京地裁昭和621216日判決(百選9版・75事件))

 

③については

東京高裁平成1494日判決(百選10版・73事件、11版69事件)

 

判例・裁判例はきちんと理解しておく必要があったといえるでしょう。

 

どれも百選に載っていて、最高裁判例についてはいずれも刑集搭載判例です。

 

(3) 旧版の百選掲載判例・裁判例までチェック?

ここで、東京地裁昭和621216日判決(百選9版・75事件)をチェックしなければならないのかという疑問があるかもしれません。

 

結論からするとケースバイケースですが、解説者によるということになるでしょう。

 

(百選9版・75事件)の解説は川出敏裕教授が執筆されています。

私の感想ですが、川出教授の解説は非常に平易でわかりやすいため、できるだけ目を通した方がよいです。

 

あとは旧版でも裁判官などの実務家が執筆している判例・裁判例の解説は目を通すべきでしょう。実務家の解説は平易で、更に理論面よりも具体的な事実関係の評価などに焦点を当てていることが多く、司法試験対策上は非常に参考になります。

 

判例の学習の仕方については以下の記事もご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

3.設問2の1の学説チックな問題について

(1) 自白法則単独では出題しづらい?

1.自白に対する,自白法則及び違法収集証拠排除法則の適用の在り方について論じなさい。

この問題を初見で見たときに驚いた人もいたのではないかと思います。

近時の試験の傾向として学説チックな出題が見られることもあり、その一環なのかもしれません。

 

私の感覚では、自白法則の論点自体は司法試験上は単純であり、反復自白や不任意自白に基づいて発見された証拠物など捻った出題にしなければ差がつきづらいことから任意性そのものをストレートに問う問題は出づらいと考えていました。

違法収集証拠証拠排除法則も然りです。

 

考査委員の意図は読みかねますが、自白法則を出題するにあたって捻りを出すために違法収集排除法則との適用関係を問う出題にしたのかもしれません。

適用の在り方を出題し、双方適用されるという二元説の立場に立てば、任意性を検討するにあたり重要な事実と、違法収集証拠排除法則を検討するにあたり重要な事実を整理できるかという点を通して、各論点の理解を問えるという意図もあったのかもしれません。

 

(2) 良い問題?

偉そうなことは百も承知ですが、この出題意図は私には読めませんでした。

 

ア 一元説か二元説か

この適用関係は、ほとんどの基本書にも載っているところですが、違法排除一元説・任意性一元説は実務上とりづらい立場です。

実務では結論が大事であり、適切な結論を導くために必要であれば、よほど論理的に矛盾するものでもない限り、併用される立場をとることに何ら違和感はありません。

自白法則は虚偽の自白を誘発しやすいおそれがあったかという供述者の心理面に着目したもの、違法収集排除法則は取調べ等の手続面に着目したものと考えるのが素直であり、そうであれば双方は矛盾するものではなく、併用して適切な結論を導くことが実務上は望ましいはずです。

 

イ 適用順序

適用順序についても、条文が存在する自白法則から適用するべきという見解もありますが、違法収集排除法則は確立した判例法理であり、事案に応じて適切な結論を導くことができるものから適用していくとしても何らおかしな話ではありません。

 

東京高裁平成1494日判決(百選10版・73事件、11版・90事件)は、

本件においては、憲法三八条二項、刑訴法三一九条一項にいう自白法則の適用の問題(任意性の判断)もあるが、本件のように手続過程の違法が問題とされる場合には、強制、拷問の有無等の取調方法自体における違法の有無、程度等を個別、具体的に判断(相当な困難を伴う)するのに先行して、違法収集証拠排除法則の適用の可否を検討し、違法の有無・程度、排除の是非を考える方が、判断基準として明確で妥当であると思われる。

として、違法収集証拠排除法則から検討しています。

 

この判示からすると論理的に違法収集証拠排除法則が先行するというわけでもなさそうです。

 

推測ですが、違法収集証拠排除法則と自白の任意性の双方の観点から検討し、違法収集証拠排除法則で証拠排除できる心証を持ったことから、先に検討したという可能性もあり得る気がします。

 

違法収集証拠排除法則で証拠排除できれば、後の自白の任意性を検討する必要はありません。高裁も認める通り、任意性の判断は(相当な困難を伴う)ことは間違いがなく、この点を避けたかったのかもしれません。

 

ウ 深く考えず進みましょう

混乱した受験生もいるでしょうが、この手の問題が出たときは、難しく考えず支配的な見解を淡々と論じ次のステップに進んでいくほかないと思います。

考えて悩む時間は他の設問に使った方が良いでしょう。

公判前整理手続 その4(司法試験論文試験 平成28年 刑事系科目・第2問・設問4)

司法試験では判例・裁判例から若干ずらした(射程外ともいえる)問題が出やすいという話をしました。

この点については下記記事もご参照ください。

 

ozzyy.hatenablog.com

 

平成28年の刑事系第2問・設問4では、直近の平成27年5月25日決定(刑集69巻4号636頁)の知識は前提とはされていなかったようですが、この観点からも分析してみます。

1.平成27年決定の事案

(1) 事案の概要

事案は詐欺被告事件で、犯人性が争点となっていました。

公判前整理手続に付されており「被告人は、本件公訴事実記載の日時において、犯行場所にはおらず、■■市内の自宅ないしその付近に存在した。」旨のアリバイの主張を明示しましたが、それ以上に具体的な主張は明示しませんでした。

第1審裁判所がその点につき釈明を求めることもありませんでした。

そして、公判では被告人質問において、被告人が、「その日時には、自宅でテレビを見ていた。知人夫婦と会う約束があったことから、午後●●時●●分頃、●●の同知人方に行った。」との供述をし、弁護人が更に詳しい供述を求め、被告人もこれに応じた供述を行おうとしました。

そこで検察官が「公判前整理手続における主張以外のことであって、本件の立証事項とは関連性がない。」旨を述べて異議を申し立てました。

第1審裁判所は異議を容れ、被告人質問を制限しました。

 

(2) いわゆる規範の部分

最高裁判所

公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。)、新たな主張がされるに至った経緯、新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し、前記主張明示義務に違反したものと認められ、かつ、公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが、公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合(例えば、公判前整理手続において、裁判所の求釈明にもかかわらず、「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかったような場合)には、新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で、公判期日でその具体的内容に関する質問や被告人の供述が、刑訴法295条1項により制限されることがあり得る

と判示しました。

 

(3) いわゆるあてはめ部分

その上で

公判前整理手続の経過及び結果、並びに、被告人が公判期日で供述しようとした内容に照らすと、前記主張明示義務に違反したものとも、本件質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められず、本件質問等を同条項により制限することはできない。

としています。

 

2.平成28年の問題文と平成27年決定の事案との異同

(1) 異なる点の整理

問題文の、平成27年決定の事案と違う点を整理します。

 

 ①裁判所から「アリバイ主張について可能な限り具体的に明らかにされたい。」と

の求釈明があった点

(平成27年決定では求釈明なし)

 

②弁護人は「平成27年6月28日は,終日,丙方にいた。その場所は,J県内であるが,それ以外覚えていない。『丙』が本名かは分からない。丙方で何をしていたかは覚えていない。」旨釈明した点

(平成27年決定ではアリバイの具体的主張なし)

 

③公判期日では「「丙方ではなく,戊方にいた」と公判前整理手続の主張と異なる事実を供述し始めた点

(平成27年決定では予定主張を具体的にしようとしただけ)

 

④公判期日で公判前と異なる供述をし始めた理由は前回の期日後に戊から手紙が届き思い出したという点

(平成27年決定では予定主張を具体的にしようとしただけ)

 

⑤公判期日の供述は戊からの手紙や戊をアリバイ証人として請求し裏付けを伴いうるものであった点(刑訴法316条の32Ⅰのやむを得ない事由が認められる可能性がある)

(平成27年決定はアリバイを具体化するものであり、刑訴法316条の32Ⅰのやむを得ない事由は認められづらい状況であったことから、被告人の供述は裏付けを伴うものではなかった)

 

(2) 違いをどう考えるか

(戦略的な要素もあるでしょうから弁護活動の当否の評価は留保します。)

平成27年決定はアリバイを漠然とさせたまま公判期日で具体的にしようとしたので、ある意味故意に公判前は漠然としたアリバイ主張にとどめて、公判で具体的に話をしようという戦略をとっていたと言えます。

 

他方、試験問題は(被告人が思い出した経過の信用性を捨象すると)戊という人物から手紙を受け取り思い出したという経過があり、被告人乙は故意に違う話をするに至ったわけではなさそうです。

 

そうすると、今回の問題では、被告人質問を制限しなかった平成27年決定と比較しても、より被告人質問を制限するという選択を裁判所がとりづらかったケースと言えるかもしれません。

 

(3) 平成27年決定の特殊性

ア 求釈明がなされなかった点

そもそも決定判旨にもあるとおり、「■■市内の自宅ないしその付近に存在した」というアリバイ主張が「それ以上具体的にできないのか」「具体的にはできるがあえてしていないのか」では事情が全く異なります。

 

その3でも検討したとおり、もしアリバイ主張を具体的にできるのであれば、検察官が補充捜査・追加立証をしたいと言い始める可能性があります。

 

したがって、平成27年決定の事案では、審理計画が狂う可能性があることから裁判所がアリバイ主張に関し、試験問題と同様「できるだけ具体的にするよう」求めることが考えられる事案でした。

そうでなくとも少なくとも検察官が内容によっては補充捜査・追加立証をする可能性が生ずるわけですから、具体的にするよう求釈明の申立をすることが考えられた事案とも言えます。

 

イ 公判前整理手続でスルーした裁判所と検察官?

察するに、「■■市内の自宅ないしその付近に存在した」という予定主張が出た時点で、裁判所も検察官も「それ以上は具体的にできない」のだろうと思い込んでいたのかもしれません。

 

弁護人は(おそらく)戦略的に主張を具体的にせず、裁判所も検察官もそれを問題視せずスルーしてしまった。

 

それにもかかわらず、公判で具体的な主張をしたからといって、(公判前整理手続でスルーしてしまった)検察官が異議を述べ、裁判所が、被告人にとっては重要な防御の機会であり手厚い手続保障が与えられるべき被告人質問を制限して打ち切るようなことをするのはやりすぎではないか?という事案だったと評価できるでしょう。

 

ウ 被告人質問の重要性と他に取り得た方法

繰り返しになりますが、被告人質問は刑事裁判において重要な防御の機会です。

裁判所が被告人質問を制限するというのは相当重大な制限といっても過言ではありません。

そういう意味では平成27年決定は特殊な訴訟の経過をたどっており、その中から出てきた判例とも言えます。

 

せめて被告人質問で話をさせるだけさせて、検察官に補充捜査・追加立証等の可能性があるかを尋ね、なければ論告弁論を行い結審して判決、あれば公判期日を取消して必要に応じて期日間整理手続に付する等の検討をするという進行が考えられた気もします。

 

あるいは、被告人の話自体だけで信用できないと考えた場合には検察官に尋ねることもしない選択はあるかもしれません。特にすでに述べたとおり、平成27年決定の事案はアリバイについて公判前で裏付け証拠を請求していたわけではなく、公判供述もアリバイ主張を具体的にするものであったことから刑訴法316条の32Ⅰの「やむを得ない事由」は認められづらい事案でしたので、被告人の供述は聞いてみたところで「裏付けのない信用性に乏しいもの」という評価にとどまった可能性も否定し得なかった事案のようにも思えます。

 

3.平成27年決定を丸暗記しているとうまく解けない可能性

今回の問題では、被告人質問を制限しなかった平成27年決定と比較しても、より被告人質問を制限するという選択をとりづらかったケース

 

と言いました。

 

平成27年決定を丸暗記していると逆に弊害が出かねない事案だったとも言えます。

 

平成27年決定は

①主張明示義務に違反したものと認められ
かつ
②公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが、公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合

2つを要素に挙げています。

 

①と②に当てはまるかは

「公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。)、新たな主張がされるに至った経緯、新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮」

するわけですが、

 

試験問題では

・公判前では裁判所からの求釈明を受け「平成27年6月28日は,終日,丙方にいた。その場所は、J県内であるが、それ以外覚えていない。『丙』が本名かは分からない。丙方で何をしていたかは覚えていない。」と可能な限り明らかにした。
・公判で戊方にいたという供述を始めたのは前回期日後に届いた戊からの手紙で思い出した。

という事情があり、これらの事情だけでも「①主張明示義務に違反したものと認め」ることはできず、「かつ」で結ばれていることから、被告人質問を制限することはできないという結論が出てしまいます。

 

そうすると、戊からの手紙という証拠があり得ることや、戊の住所が具体的で検察官が補充捜査・追加立証をする可能性があり当初予定していた審理計画の大きな変更を余儀なくされる可能性があるという事情をうまく使うことができません。

 

司法試験の問題文に無駄がないことは下記の記事をご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

その意味では判例を暗記して吐き出すのではなく、その場で考え「審理を継続的、計画的かつ迅速に行うという公判前整理手続の趣旨を没却するような尋問は制限できる」といった規範の方が、事情をバランスよく使え、問題も解きやすかったといえそうです。

公判前整理手続 その3(司法試験論文試験 平成28年 刑事系科目・第2問・設問4)

続いて、実務的な視点から掘り下げていきます。

それぞれが困ることをもう少し掘り下げていきます。

 

1.質問を制限されて被告人乙が困ること

乙が困ることはそこまで難しいくないかもしれません。

 

前回とほぼ同じです。

 

Sの異議が認められると乙の被告人質問が制限されてしまいます。

仮に丙方ではなく戊方にいたというのが真実であったとします。

その場合、乙は無罪になる可能性があります。

被告人質問を制限されることによって乙は無罪になる可能性を奪われることになります。

これは相当な不利益と考えざるを得ないでしょう。

公判前整理手続の予定主張と違うことを法廷で述べることで、ここまでのペナルティが課されて然るべきなのでしょうか。

 

また、波及効果としては、公判前と少しでも違うことを言ってしまうと被告人質問が直ちに制限されてしまうのであれば、公判前手続で出す主張の準備に慎重にならざるを得なくなるという面が出てきます。そうすると公判前整理手続にかえって時間がかかってしまうことになり、「審理を継続的、計画的かつ迅速に行うという公判前整理手続の趣旨」にかえってそぐわない結果となってしまいます。

 

2.質問を制限されないと検察官Sが困ること

検察官が困ることを具体的に考えるのは少し難しいと思います。

 

(1) 立証準備が台無しになる

そもそもSは公訴事実について有罪立証できると考えて起訴しています。

少なくとも公判前整理手続段階の「丙方にいた」という予定主張と、公判期日においてその主張に基づいてなされるであろう「丙方にいたという被告人乙の供述は信用できない」という見通しをもって準備していたはずです。

ところが「戊方にいた」という新しい話が出てくるとそれまでの準備が台無しになってしまいます。

 

(2) 今さら話を変えても信用されないか?

もちろん、今さら「戊方にいた」という話が出てきても、捜査段階で話していなかったわけで、供述の核心部分に変遷がみられるから、供述は信用できないのではという議論はあるでしょう。

 

しかし、この問題では、意図的にと思いますが、被告人乙が、戊方について「J県M市△町△番の戊方」と具体的な住所まで話し始めており、思い出した理由として「戊から手紙が届いた」とまで話していることから、もしかしたら戊という人物が実在するかもしれない、被告人乙の話が本当かもしれないという可能性が一概に否定できない状況にあります(思い出した経緯の真偽はあると思いますが。)。

 

もちろん、この事件の検察官の立証の軸は甲の供述です。

甲の供述が信用できるかがかなり重要です。

 

しかし、刑事裁判では、立証責任を負う検察官が、合理的な疑いを超える証明があったと裁判官に心証形成してもらう必要であり、被告人は無罪を証明する必要はなく、合理的な疑いを差し挟めば足ります。

甲の供述と比較して被告人の供述が完全に信用できるまでとは言えないとしても、被告人供述をアナガチ排斥できないとなれば、無罪になる可能性はあります。

 

(3) 補充捜査・追加立証が必要になってくる

以上を踏まえて「検察官が困ること」をより具体的に考えます。

検察官からすれば、もっと早く「『戊方にいたという話が出ていれば、戊という人物の実在や戊という人物へ乙のアリバイに関する事情聴取といった裏付け捜査ができたのに』と困る」ということです。

もう少しはっきり言えば、甲の供述を信用できると判断し乙を起訴した検察官の立場からいえば「戊方にいたという乙の弁解をつぶす捜査ができたのに」ということです。

 

確かに、弁解をつぶす捜査ができないことによって有罪となるはずの乙が無罪になるのは検察官からすれば大変なことです。

 

なお、戊という人物に関する追加立証は検察官ではなく弁護人がする可能性はあります。しかし、公判期日後に戊からの手紙で思い出したというのであれば被告人質問実施前に戊という人物について証拠調べ請求や証に尋問請求を弁護人がし得た可能性もあり、そのような事情が問題文にない以上、弁護側からの追加証拠調べ請求はないことを前提として、検察官が補充捜査・追加立証する可能性を検討しています。

 

3.裁判所が困ること

裁判官が困ることも想像が難しいかもしれません。

 

(1) 無罪を有罪にしてしまう?

前回も述べたとおりですが、仮に乙の戊方にいたという供述が真実であるのに、質問を制限すると、(厳密にはそのまま新たな証拠調べをせずに判決に向かえばですが)無罪になるかもしれない人物を有罪にしてしまうかもしれないという悩みが出てきます。

 

(2) 審理計画が台無しになってしまう

ア 審理計画とは

では自由に話させていいかと言うとそうもいきません。

ここから先のイメージは難しいと思いますが、公判前整理手続に付された事件は最終的に審理計画を定めることになります。

何日の何時何分に何を何分やるかタイムスケジュールを決めるイメージです。

時間割と言ってもいいかもしれません。

 

イ 被告人に話させる程度では影響は小さい

被告人が戊方にいたという具体的な話を始めたとなれば元々予定していた被告人質問の時間が長引いてしまうかもしれません。その程度であれば数十分程度の被告人質問の延長で済み、審理計画に影響は生じない気もします。

仮に裏付け資料として弁護人が戊からの手紙を証拠調べ請求してきたとしても、無罪に関係し得る証拠であること、(信用できるかはさておき)忘れていたという言い分があること、取調べ時間も短いこと等から、316条の32Ⅰの「やむを得ない」が認められ得るか、316条の32Ⅱの職権で採用し得るところです(検察官が同意するかどうかという問題はあります。)。

 

ウ 補充捜査・追加立証が出てくるか

しかし、仮に検察官から補充捜査をしたいという話があり、将来的に戊の供述調書や戊の証人尋問を請求する可能性があるという話が出てくると状況が違ってきます。

検察官の準備期間を確保するために、当初のタイムスケジュールを維持できなくなるでしょう。

 

たとえば、この問題では、公判前整理手続で決められた審理計画として

・第1回公判期日〇月▲日◆時~ 冒頭手続→同意書証取調べ→甲の証人尋問

・第2回公判期日●月▽日□時~ 被告人質問

・第3回公判期日◎月▼日■時~ 論告弁論→結審

・第4回公判期日△月◇日×時~ 判決言渡し

と定められていた可能性があります。

 

検察官が補充捜査をしたいということになれば、第3回公判期日で論告弁論というわけにはいきません。

公判期日を取消して(期日間整理手続に付する等して)仕切り直しをする必要が出てきます。

 

裁判所からするとせっかく定めた審理計画が台無しになりますし、公判前と違うことを言い始めたからと言って、簡単に仕切り直しを認めてしまっては公判前整理手続の存在意義が問われかねません(他の事件への波及効果も懸念するかもしれません。)。

 

エ 補充捜査・追加立証の機会を与える必要があるか

では必ず検察官に補充捜査・追加立証の機会を与える必要があるかというとそうでもありません。

たとえば、被告人の戊方にいたという話が公判前の丙方と同様、

・住所はJ県内だったが覚えていない

・戊が本名かはわからない

・戊方で何をしていたか覚えていない

という抽象的な話であれば乙の話の信用性はかなり怪しく、甲の供述さえ信用できれば裁判所は有罪認定することになると考えるかもしれません。

そのため、検察官の補充捜査・追加立証の機会を与える必要性はないでしょう。

 

しかし、繰り返しになりますが、戊方について「J県M市△町△番の戊方」と具体的な住所を話し、何をしていたかまで具体的に話をできそうな状況にあります。

そうすると乙の話を聞いただけでは乙の供述が信用できるかできないか判然とせず、戊という人物の存在や存在するのであればその話を聞かなければ裁判所は結論を出しづらい状況になってきます。

そうすると補充捜査・追加立証の機会を与える必要が出てくる事案であり、結果として審理計画に大きな影響が生じてしまうことになります。

 

4.あてはめ

(1) まとめ

以上をまとめると

・新たな供述の重要性は無罪に直結し得るものであり極めて重要。

・乙は公判期日後に戊から手紙を受け取り思い出したと供述しており、新たな供述を始めた経緯は一見して不合理とは言えない。

他方、

・戊方にいたという新たな供述は一見して不合理とはいえず検察官が補充捜査・追加立証を求める可能性があり、その場合には期日を取り消す等をしなければならないことから、審理計画に極めて大きな影響を与えることになる。

ということになります。

 

(2) どこに比重を置くか

こうなってくると結論はどちらとも言えそうです。

ただ、前回申し上げた通り「結論が大事」という点を考慮する必要があるように思います。今回の戊方にいたという供述はそれが合理的な疑いを生じさせるものであれば無罪に直結し得るものです。

また、被告人質問は、みずからの弁解を述べる最大の防御の機会であり、手続保障をできるだけ与えるというのが通常の発想と思います。

したがって、乙が話そうとする供述の内容やその供述をするに至る経緯に考慮要素の重心をおくことが素直と考えられます。

審理計画に大きな影響を与え得るとしても、新たな供述をするに至った経緯に乙に(一見して)帰責性がないのであれば、無罪に直結し得る戊方にいるという供述を制限することは難しいという結論が素直と思います。

 

5.制限してもしなくても結論は変わらない可能性

ここまで来て、身もふたもない話です。

 

通常は、

①被告人質問を制限する→結審→判決

②被告人質問を制限しない→検察官に対応を検討してもらう→補充捜査・追加立証の可能性があれば期日を取り消す→期日間整理手続等に付して仕切り直し→期日間整理整理手続終了→(あれば)戊に関する追加立証→再度被告人質問→結審→判決

という流れかと思います。

 

もっとも、質問を制限したとしても必ずしも判決に向かうとは限りません。

①で制限したとしても、②の流れと同様、被告人質問は制限するものの、期日間整理手続に付して審理計画を定め直し、戊方にいたという話は再度の被告人質問で話をしてもらうという進め方はあり得なくもありません。

 

制限→仮に乙が戊方いて無罪であったとしても被告人質問を制限されて有罪になってしまう

と考えがちになってしまうかもしれず、それがこの問題をさらに難しくしている可能性があります。

しかし、刑事訴訟の手続き上は必ずそのような進行になるとは決まっていません。

この場の被告人質問を制限しようがしまいが、問題文の裁判の結論自体は変わらない可能性があるのです。そう考えると問題も気楽に考えることができます。

 

手続の全体的な流れを理解していると、問題文がぐっと読みやすく解きやすくなるいい例です。

公判前整理手続 その2(司法試験論文試験 平成28年 刑事系科目・第2問・設問4)

公判前整理手続は受験生には理解が難しい

平成27年決定の知識は問われていなかった

 

とすると多くの受験生にとっては未知の問題についてその場で考えるというものでした。その際にどう考えていくかを検討します。

1.こういう時は趣旨から?

「分からない問題は趣旨に遡って解釈する」というのが法律問題のセオリーです。

 

2.条文を探す

(1) 直接の根拠規定を探す

公判前整理手続に関する条文を探すことが考えられます。

ただ、新たな主張に関する証言を制限する直接の規定はありません。

 

(2) 趣旨に関する規定を探す

直接の規定がなければ、先ほど述べた通り、教科書的には「公判前整理手続の趣旨からさかのぼって」解釈し規範を導き出すということになりますが、試験の現場で、(ほぼ)未知の手続であろう公判前整理手続の趣旨を「自力で」考えるのは難しいと思います。

 

そこで条文を探すと刑訴法316の2Ⅰには公判前整理手続は「充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要がある」場合に付することができるようなので、これが趣旨と言えそうです。

 

であれば

「審理を継続的、計画的かつ迅速に行うという公判前整理手続の趣旨を没却するような尋問は「相当ではない尋問」にあたり制限されるというべきである。」

という規範を定立させることが可能かもしれません。

 

安易な考えという批判も聞こえてきそうですが、違法集証拠排除法則の規範を応用するような発想といったところでしょうか。

その場の思考でそこまでひねり出すことができれば十分ではないかと思います。

 

(3) 316の32Ⅰの「やむを得ない事由」?

なお、条文を探すとこの規定が見つかるかもしれません。

これは「証拠調べ請求」に関する制限規定です。

この条文をストレートに適用すると理解していないと捉えられる可能性があります。

(明確な論文は見つけられませんでしたが、刑法では罪刑法定主義の関係から類推適用が認められていないのと同様、刑事訴訟手続においても適正手続保障の観点から類推適用は当然認められないことになるでしょうから注意が必要と思います。)

 

直接の根拠規定がないからこそ、その際の考えを問うために出題されたのではないかと思います。

 

ただし、多くの人にとって難しい問題であったことを考えると、この規定を手掛かりにして「やむを得ない事由」に準じた何らかの規範を定立できていれば、十分合格水準に達することができたのではないかと推測します。

 

3.具体的にだれがどう困るか考える

(1) 初見で趣旨からキレイにひねり出せるか?

趣旨から考えるがセオリーです。

しかし未知の手続に関する初見の問題で趣旨を直ぐ導き出すのは難しい気もします。

 

最後はすでに述べた通り条文にあたり手掛かりを探すほかありませんが、まずは問題文に出ている事案から具体的に考えてみると問題点や規範のヒントが浮き上がってくることがあります。

 

具体的に考えるにあたっては「結論がどうなるか」という観点から少し極端にみるとよいと思います。

結論を意識する大切さは以下の記事をご覧ください。

 

ozzyy.hatenablog.com

 

(2) 弁護人が困ること

被告人質問を制限されると弁護人は困ります。

もし戊方にいたというアリバイに関する証言をできなければ無罪となるべき人物が有罪になってしまいます。

 

(3) 検察官が困ること

検察官からすれば、戊方にいたという話は初めて耳にすることです。

被告人質問を止めなければ有罪と考えていた被告人が無罪になってしまうかもしれません。

(もっと複雑な話であることは次回以降検討しますが、初見でぱっと浮かぶイメージとしてはこれくらいという趣旨です。)

 

(4) 裁判所が困ること

裁判官も困ります。

戊方の話が事実であれば被告人質問を止めることで無罪となるべき人を有罪にしてしまうかもしれません。

しかし、公判前整理手続と異なることを簡単に話させてしまっては公判前整理手続の意味がありません。他の事件への波及効果も懸念するでしょう。

(もっと複雑な話であることは次回以降検討しますが、初見でぱっと浮かぶイメージとしてはこれくらいという趣旨です。)

 

(5) 具体的に考えると方向性が見えてくる

以上のように、趣旨から考える云々の前に具体的事例で誰がどう困るかを考えてみると「当然に制限できるわけではなさそうor当然に話させて良いわけではなさそう」であることがわかります。一筋縄ではいかないということです。

 

このことからすると趣旨もある意味抽象的なものを立てざるを得ず、最後は「あてはめ勝負」にならざるを得ないことが見えてきます。

 

そのように考えると、上述した、趣旨から考えた規範が、

たとえば「審理を継続的、計画的かつ迅速に行うという公判前整理手続の趣旨を没却するような尋問は「相当ではない尋問」にあたり制限されるというべきである。」

という抽象的なものでも「試験場は問題なさそう」というところまで気が付くことができるはずです。

 

4.結局あてはめ勝負

(1) 考慮要素を考える

問題はあてはめです。

こうした抽象的な規範にならざるを得ない場合には、いわゆる考慮要素をどう考えるかがポイントになってきます。

 

(2) 具体例から遡って考える

初見の問題であれば考慮要素は具体的な事案で誰がどう困るかという点から遡って考えていく他ありません。その意味でも上記3の検討は意味を持ってきます。

上記3の検討からすると、検察官の異議が認められ被告人質問が止めってしまうことによるメリット・デメリットを考慮していくことが基本となるでしょう。

そこからは

・公判で新たに主張しようとする事実の重要性

(裁判の結論にどの程度大きな影響があるか)

・公判で新たな主張をするに至った経緯

(弁護人や被告人に帰責性があるか)

あたりがポイントになるでしょう。

初見であればここまで整理できれば十分なのではないかと思います。

 

(3) 事実の重要性を考慮すべきか?

この手の考慮要素では「事実の重要性」は入れざるを得ません。

なぜなら実務では、特に裁判官は「結論が大事」と考えているからです。

(民事裁判と比較して刑事裁判では実体的真実がより重視されていることからしてもそのような思考になってくるのではないかと思います。)

問題を考えるにあたっても、結論がどうなるかという点には常に目配せをしておく必要があります。

 

(4) あてはめの例

以上から下記のようなあてはめが考えられます。

乙の新たな供述は事件時に戊方にいたというもので、丙方にいた公判前整理手続時の主張とは大きく異なるものであり、このような供述を許せば公判前整理手続を行った意味を没却するとも言いうる。

 

しかしながら、乙は公判前整理手続において丙方にいたと主張し、裁判所からの求釈明に対しても、丙が本名かはわからない、丙方で何をしていたかも覚えてはいないという回答ではあったものの、丙方の住所はJ県内であることなどできるだけ釈明に応じていた。

 

そして戊方にいるというアリバイを主張するに至った経緯は、前回の公判期日後に戊方から手紙が届き戊方にいたことを思い出したというものであり、やむを得ないものといえる。

 

その上で、戊方にいたという事実はそれが真実であれば乙が無罪になり得る事実であるから極めて重要な事実であり、乙に手続保障を与える必要性も高い。

 

これらを踏まえると、公判前整理手続の趣旨を没却するような尋問とまで言うことはできない。

この年の刑事系第2問は設問が4つもありました。

公判前整理手続の問題に時間をかけすぎるべきではなく、この程度にまとめられれば良いのではないかと思います。

それでも相当な答案用紙の分量を割く気がしますが。。