司法試験 令和7年|刑事訴訟法|弾劾証拠(328条)と公判前整理手続(4)
司法試験論文試験 令和7年 刑事系科目・第2問・設問2 その4です。
続けて、設問2-2に移ります。
1.問題
(1) 設問
(2) 悩ましい出題
ア 問に答える
司法試験(試験一般かもしれません。)の鉄則として「問いに答える」があります。
これを徹底する必要があることからすると、
「公判前整理手続において証拠調べ請求がされていない証拠であるから、公判期日において、証拠調べ請求をすることはできない」という意見の当否
ですから、
の条文に対応する意見であることは明らかであり、「やむを得ない事由」の解釈の問題になります。
イ 「取り調べる旨の決定をするべきか」という問いもあり得たのでは
もっとも、名古屋高裁金沢支部平成20年判決(百選11版・57事件、百選10版・58事件)もそうですし、百選解説や、同解説の文献(判例タイムズや実例刑事訴訟法Ⅲ)の、裁判官の基本的な姿勢は、
「やむを得ない事由」は比較的緩やかに認め、後は、尋問の結果等を踏まえて、いわゆる証拠調べの必要性や相当性の中で裁判所が証拠の採否を判断する
というものです。
(なお、この見解を絶対的に支持しているわけではありません。)
が問い
であれば、「やむを得ない事由」の解釈のみが問われていることであり、「証拠調べの必要性や相当性の中で裁判所が証拠の採否を判断」することは、文面上、問われていないと考えるのが素直です。
もし、証拠の採否まで問いたいのであれば、「裁判所は、(証拠2)を取り調べる旨の決定をするべきか。なお、証明力を争うための証拠として刑事訴訟法上許容される証拠にあたるかは論じなくてよい。」などの問い方ができたようにも思います。
ウ これでいいのか?
弾劾証拠・自己矛盾供述の問題は、やむを得ない事由に加え、(証拠開示や当事者の主張や争点整理などの)公判前整理手続の状況や尋問状況を踏まえ、最終的に「裁判所が証拠を採用するのか」という点がとても重要です。
なので、「やむを得ない事由」の解釈のみを問うことは、少し中途半端、最も重要な証拠の採否(証拠決定)に踏み込まなくて済む点で、出題として分断的、論点チックすぎないかという疑問がなくはありません。
他の出題との分量の調整、いわゆる証拠調べの必要性や相当性の議論は、実務的すぎて、回答者が混乱する可能性を考慮して、回答範囲を絞ったのかもしれませんし、それは分からなくもありません。
また、「裁判所は、(証拠2)を取り調べる旨の決定をするべきか。」という問いですと漠然としすぎて、実質証拠と誤解して伝聞例外の議論に入り込む危険があるリスクを避けたかったのかもしれません。
もっとも、しっかり学習をされていた方が、「証拠調べの必要性や相当性」を確り論じており、これが問われていなかったとすると、酷だなあという気がします。
まあ、問われているかもしれませんので、出題趣旨や採点実感を待つほかありません。
2.検討
(1) やむを得ない事由の例
やむを得ない事由は
あたらな証拠調べ請求が公判前整理手続を無意味にしないかという観点から、合目的的に評価して判断するべきと考えられており、明確な判断基準があるわけではありません。
②証拠は存在していたが,その存在を知らなかったことがやむを得ない場合
③証拠の存在は知っていたが,物理的にその証拠調べ請求が不可能であった場合
④証拠の存在を知っており,証拠調べ請求も可能であったが,整理手続における相手方の主張,証拠関係等から,証拠調べ請求をする必要がないと考え,そのように判断することにつき十分な理由がある場合
がよく例として上げられます。
本件のような場合は、④に該当します。
(2) 弾劾証拠とやむを得ない事由
その上で、弾劾証拠については、
事前請求は弾劾証拠を予め相手方に知らせることになり弾劾(反対尋問)の実効性を失わせることになるなどとして、弾劾証拠は全て「やむを得ない事由」が認められるとする肯定説①
同法328条の文言上、自己矛盾供述による弾劾対象は公判で初めて明らかになるから、同条の弾劾証拠のみ「やむを得ない事由」があるとする肯定説②
等と整理されてきました。
名古屋高裁金沢支部H20判決は肯定説②の立場に見えます。
もっとも、百選解説や近時の流れは、公判中心主義の観点から、理屈が構築し直されているように見えます。
(3) 百選の判旨で十分か
その3でも述べましたが、
名古屋高裁金沢支部平成20年判決(百選11版・57事件、百選10版・58事件)の、
のみで回答を出すと、たとえば供述の信用性を裏付ける他の証拠(メールなど)の証拠調べ請求が公判前整理手続段階で検察官が請求し、(裁判所が)採用(証拠決定)することが、尋問を待たずに可能である点、これらの証拠も無限定に「やむを得ない事由が認められることになってしまう弊害」など、実務上、裁判所が問題意識を持っている点に十分に答えていないことになる気がします。
他方、証拠開示において、検察官が証拠調べ請求をする供述調書から公判期日でなされる証言は予想でき、さらに公判期日で予想される証言と矛盾する供述調書の開示を受けることにより自己矛盾供述が存在することも認識できますから、自己矛盾供述が記載された供述調書は常に公判前整理手続で請求しなければならないという見解もあります。
もっとも、この見解ですと、公判前整理手続で自己矛盾供述の証拠調べ請求等がされ、(例えば、自己矛盾供述の有無、自己矛盾供述をするに至った経緯など、本来公判期日の尋問で行われるべき事項にまで争点が拡散するとしてくると)公判前整理手続が長期化するといった問題も出てきます。
おそらく、出題者としてはこの辺りのバランスを問いたかったのではないかと推測します。
たとえば、
公判供述を弾劾する目的で行う自己矛盾供述の請求については、
確かに証拠開示を受けていれば、公判における証人の証言を予測し公判前整理手続段階で請求することも不可能ではない。
しかし、供述の信用性判断は自己矛盾供述の存在だけでは難しく、変遷の経緯・理由なども勘案しなければならないところ、公判中心主義の下では、自己矛盾供述の存在やこれに基づく弾劾も含めて証人尋問でまず試みられるべきである。
かえって、尋問が功を奏しないなど予想外のことに備えて公判前整理手続で自己矛盾供述を請求しておかなければならないとすると、公判前整理手続が長期化する等の弊害が起こり相当ではない。
したがって、自己矛盾供述を公判前整理手続段階で請求しないことは「やむを得ない事由がある」というべきである。
以上から、検察官の証拠意見は妥当ではない。
といったところでしょうか(2時間の試験時間では長すぎるので要約は必要でしょうね。)。
(4) 事情を使えない問題
ア 必要性・相当性で使用する事情?
もっとも、上述の解釈を取ると、「やむを得ない事由」は基本的に認められ、あとの個別具体的な事情は、いわゆる証拠調べの必要性・相当性等で判断するということになります。
した事情は、弁護人が公判前整理手続段階で、予想される公判供述と矛盾する供述が存在することを認識していたという点で、公判前整理手続段階で請求しえたという消極事情になります。
また、
という事情は、反対尋問で、矛盾する供述調書の存在を指摘し、その理由等が詳細に証言された場合には、(尋問で供述の信用性は十分に吟味できるので)自己矛盾供述が記載された供述調書は必要性又は相当性がないとして却下されるべきという考えが有力なところ、上記事情は、反対尋問が功を奏さなかった典型的なケースで、自己矛盾供述が記載された供述調書を採用し得る積極事情になります。
これらの事情は、いわゆる証拠調べの必要性・相当性まで問われていれば、十分に使える事情なのですが、本問は「やむを得ない事由」について問われているとして(3)の解釈を取ると、個別具体的な事情は、回答に使用できない・使用しづらくなります。
しかし、果たして、具体的事情を踏まえない回答が試験で問われていることなのか?という問題が出てきます。悩ましいですね。
これらの事情は、解釈を考えるにあたってのヒントに過ぎなかったという位置づけもあるかもしれませんが、それにしても丙の証言状況は随分具体的だなと思います。
ここまで具体的な事情を回答に使用しないことを想定しているようには考えづらいところです。
イ 一つの解決策
そうすると、いわゆる規範としては、
として、
あてはめで
しかしながら、供述の信用性判断は自己矛盾供述の存在だけでは難しく、変遷の経緯・理由なども勘案しなければならないところ、公判中心主義の下では弾劾も含めて証人尋問でまず試みられるべきであり、公判前で証言を予想できたことをもって証拠2を公判前整理手続段階で請求するべきであったとは言えず、「やむを得ない事由」の有無は、尋問状況を踏まえて判断するべきである。
本件では、丙は、証拠2の自己矛盾供述の存在について繰り返し弁護人が質問したにもかかわらず、これを否定している。このような場合には、自己矛盾供述の存在について証明する必要があると言えるから、やむを得ない事由があるというべきである。
なお、仮に取調べを許したとしても、供述調書の朗読は短時間にとどまるから、審理計画への影響も軽微であり、その点からも公判前整理手続を無意味にすることにはならない。
と、個別具体的な事情を「やむを得ない事由」のあてはめの中に取り込んですることも考えられるかもしれません。
百選の解説等を丸暗記は宜しくなく、自分なりに「やむを得ない事由」の趣旨から解釈し、具体的にあてはめ結論を出していれば良いということなのかもしれませんが、この辺りも出題趣旨や採点実感を待つほかありません。
ウ 審理計画への影響の有無と程度
公判前整理手続で行っていなかった新主張については、内容によっては、証拠関係や審理計画の大幅な変更が必要になりますから、審理計画への影響というのは重要な考慮要素です。
たとえば、アリバイ主張の具体的な主張がなかったにも関わらず、公判期日で具体的なアリバイを話し始めた場合には、その具体性(場所や一緒にいた人物が具体的など)、追加の裏付け捜査などが必要と検察官が求める場合にもありますから、その場合には予定していた審理計画の通り次の裁判の日までに裏付け捜査を終えるのは不可能ですし、裏付けに関する証人尋問が追加される可能性もありますから、予定されていた審理計画は、日時も変更し、さらに追加される尋問の分長くなる可能性もあります。
審理計画のイメージは以下の記事をご覧ください。
自己矛盾供述が記載された供述調書の場合には、基本的には朗読の問題なので、長くても数分から数十分(10分もかからないのでは。)で終わるはずで、審理計画への影響はほぼないといってよいでしょう。
(5) とはいえここまで意識しなくとも
もっとも、以上を意識できていなくとも、
名古屋高裁金沢支部平成20年判決(百選11版・57事件、百選10版・58事件)の判旨を「正確に」理解して回答できていれば、沈まないと思いますし、
これに対する批判を踏まえて、
各解説にある公判中心主義の観点からの理論構築ができていれば、十分合格レベルなのではないかなと思います。
ただ、少し思うのは、こうして過去問を確り検討すると出題者の意図が見えてくることがあります。少しでもこういう意図に触れると、相対的に答案の評価が上がり、他の科目や箇所でうまくいかなかったときの保険になるような気はします。
このブログで細かい話をいろいろしている目的はその点にもあります。
3.やむを得ない事由がないと無罪になる?
ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、補足します。
たとえば、検察官が大きなミスをして、当初から存在していた証拠で、その証拠がないと無罪になってしまうような証拠を公判前整理手続で証拠調べ請求し忘れていた場合はどうなるでしょうか。
(ふつうは、裁判所も気が付くはずですが、教室事例としてお考え下さい。)
このような場合、多くの裁判所は「やむを得ない事由」は「ない」と考えると思います。
では無罪になるでしょうか。
このような場合、裁判所は、職権で採用して証拠取調べてしまうであろうというのが現実です(刑訴法316条32第2項)。
いくら検察官の大きなミスをしたとしても、実体的真実を無視することはできないという発想なのだろうと思います。
実務は結論が大事ということは過去にも申し上げましたが、こうした手続き全体の帰結を意識することは、手続法アレルギーをなくす重要な視点です。
問題文も読みやすくなり、自信をもって回答できるようになるはずです。
司法試験 令和7年|刑事訴訟法|弾劾証拠(328条)と公判前整理手続(3)
司法試験論文試験 令和7年 刑事系科目・第2問・設問2 その3です。
設例2-2の、弾劾証拠と「やむを得ない事由」の検討に入る前に、名古屋高裁金沢支部平成20年判決(百選11版・57事件等)の「やむを得ない事由」の理解について、掘り下げてみます。
というのも、各解説(や解説記載の文献)は判旨の理解とは異なる見解を示しており、しっかり理解しなければ混乱する余地もあるように思うからです。
私なりの整理なので、不正確な点がありましてもご容赦ください。
1 (百選11版・57事件等)「やむを得ない事由」に関する判旨
としました。
328条の条文は「公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力」とあり、公判期日の供述が存在することを前提にしているようにも読めますので、名古屋高裁金沢支部判決(百選11版・57事件等)は条文に即してここを徹底したということになるのでしょう。
条文もそうですが、
というのは実際に裁判をしてみると当たり前ですが、なかなか理解が難しいかもしれませんので掘り下げてみます。
2 証言は証拠・証拠は公判期日の証拠調べで顕出されるのが原則
(1) なぜ尋問状況を踏まえなければならないか
自己矛盾供述があると言えるためは、前提として弾劾の対象となる供述が証拠として出ていて、弾劾対象の供述が裁判所が心証形成の材料とできる状態になっていなければな
らない。
弾劾の対象となる供述が証拠として出てくるのは、公判期日の証拠調べ手続(尋問であれば証人尋問、書証であれば朗読等。通常は尋問が行われるはずです。)になる。
というのが大前提になっていると思います。
まず法廷で証言がなされ、その法廷の証言と矛盾する別の供述(典型的には供述調書)が存在することで初めて、自己矛盾供述が存在することになり、証明力を争うという話出てくると考えても差し支えないと思います。
(2) 公判前整理手続では供述は証拠になっていない
供述が証拠として顕出されるのは、公判前整理手続ではありません。
検察官が証拠調べ請求する証拠であれば、弁護人は、公判前整理手続段階で供述調書等の証拠開示を(ふつうは)受けますから、公判期日でなされるであろう証言は検察官が請求する証拠から「予想」はできます。
そして、開示を受けた証拠に他の供述証書と矛盾する供述調書があれば、法廷で予想される証言が矛盾する供述調書によって弾劾されうるもの、公判廷の証言と供述調書が矛盾し自己矛盾供述が存在すると「予想」はできます。
ただ、あくまでも「予想」です。
そして検察官から証拠開示を受けるのは弁護人だけなので、弁護人が公判前整理手続で予定主張等で主張するか証拠調べ請求でもしない限り、その証言が弾劾されうるもの・自己矛盾供述が存在し得るかは弁護人の予想です(正確には、検察官も弾劾されるとは思っているかもしれませんが、それでも信用性は揺るがないと考えているのでしょう。)。
公判前整理手続では、証拠として証言が出て、その証言を裁判所が聞いていたり、その供述調書等を裁判所が証拠として取調べているわけではありません。
検察官が証拠調べ請求をする証拠であれば、通常は、検察官が証拠調べ請求を行い、弁護人の意見を聞いて、裁判所が証拠の採用(証拠調べの決定)をするところまでです(刑訴法316条の5⑤~⑩)。
(証言を聞いたり、書面の内容をみるなど証拠の内容に触れる、狭義の)証拠調べまではできません。
本音はともかく、裁判所は公判前整理手続で、事件の実体面について心証形成をしてはいけないはずになっています。
このあたりは、公判前整理手続のイメージがないと、理解が難しいのではないかと思います。
(3) ここが一つの分岐点
名古屋高裁金沢支部H20判決(百選11版・57事件等)は、「やむを得ない事由」としては条文と「公判供述が存在しない」という点を徹底し、あとは証拠調べの「必要性」の中で、証拠の採否の検討をしたということに読めます。
百選11版・百選10版の解説を読めば、別の観点からの考え方が提唱されており、ここが一つの分岐点と言えるでしょう。
要約すると、百選11版・百選10版の解説や、判例タイムズ1399号49頁の解説等は、
・公判中心主義の下では自己矛盾供述の存在、変遷の経緯・理由など、弾劾も含めて証人尋問でまず試みられるべき。
・そのため、自己矛盾供述を公判全整理手続の段階で予め証拠調べ請求しないことは理由がある。
・自己矛盾供述が採用されるのは尋問で予想外のことが起きた例外的な場合になるが、そのような例外的な場合に備えて公判前整理手続であれこれも請求しておかなければならないとなると公判前整理手続が長期化する等の弊害が起こる
という観点から、公判前整理手続の段階で請求しないことについては「やむを得ない事由」が認められ、あとは、証拠調べの必要性等の枠組みで証拠の採否を判断する
というもののようです。
名古屋高裁金沢支部H20判決(百選11版・57事件等)は「公判で証言がなされておらず、証拠が存在しない」、328条の「「公判準備又は公判期日における被告人,証人その他の者の供述」という文言を徹底したわけですが、これとは異なる考えととる立場は、逆に、たとえば公判前整理手続で信用性を争点として想定して自己矛盾供述を証拠調べ請求することも不可能ではないわけで、文言だけでは決め手にならないといったところでしょうか。
もう少し具体的に言えば、公判で想定される証言を裏付ける証拠(メールや写真など)は公判前整理手続で通常証拠調べ請求されますが、証言を待たなければ判断できないというのであればこれらの証拠調べ請求も公判前整理手続ではできず、できたとしても公判期日において証拠調べ請求することについて「やむを得ない事由」があることになってしまうということなども指摘されています(「49 弾劾証拠」実例刑事訴訟法Ⅲp82。)。
おそらくですが、名古屋高裁金沢支部H20判決(百選11版・57事件等)の枠組みは、やむを得ない事由が不限定に広く認められる余地が出てくる解釈であり、争点と証拠を整理するという公判前整理手続が機能しなくなるということを危惧しているのだろうと思います。
3 なぜ証拠は公判期日で顕出されるのか
(1) 立証と厳格な証明
ところで、証言が証拠になるのは公判期日になることも少し掘り下げます。
この辺りもイメージを掴みづらいように思うためです。
たとえば、検察官が証人尋問や書証の朗読等を何のためにやるかと言えば、通常は犯罪事実(構成要件該当事実など)を証明しようとするために行うことになります。
検察官からすれば、裁判官に犯罪事実が証明されたという心証を持ってもらうために行います。
ご承知の通り、犯罪事実の立証は、厳格な証明に依る必要があります。
厳格な証明とは、
ことによって行われます。
というのが基本書等に係れている最大公約数的な定義でしょう。
(2) 厳格な証明は公判期日が前提か
ア 適式な方式とは
適式の方法・法律の規定とは何ぞやとなると、リークエには「刑訴法304条以下等」と書かれています。これらの条文には、証人尋問の実施方法や書証・証拠物等の取調べ方法が規定されています(※)。
規定自体から公判期日(正確ではありませんが、イメージを持つためにざっくりいえば、公開の法廷)で行われるべきことはわかりますが、これらの規定は「第三章 公判 第一節 公判準備及び公判手続」にありますので、当然、公判で行われるべきことが条文構造からも読み取ることができます。
(303条は公判準備で行った各手続の結果を記載した書面等については、公判期日で取り調べなければいけないとありますので、証拠調べは公判期日で行われることが大前提になっているように読めます。)
※厳密には「狭義の証拠調べ」と整理されることが多いですが、細かい説明は割愛します。
イ 厳格な証明や証拠調べの色々な定義
さらに他の文献を調べると、厳格な証明の定義について
と述べている書籍もあります(石丸他「刑事訴訟の実務(下)(三訂版)」(平成23年新日本法規)P7)。
公判期日における取調は公判廷で行う という規定(刑訴法282)もあります。
(「取調」には「証拠調べ」も含まれます。)
公判廷とは「公開が原則とされている法廷」などと言われます。
また、証拠調べについては、
としています(石丸他「刑事訴訟の実務(下)(三訂版)」(平成23年新日本法規)p395)。(狭義の証拠調べなどと言われることもあります。)。
載っている本には載っているという典型例ですね。
厳格な証明の定義や証拠調べの定義に「公判期日」や「公判廷」が入ってくるのであれば、定義自体が、証明は公判期日でなされなければならない根拠といえそうです。
「公判期日」や「公判廷」という言葉が「厳格な証明」の定義に含まれる実質的な根拠を考えるにしても、裁判の公平性や正当性を担保するためには、公開の法廷で、法定の手続に沿って行う必要があるという価値判断があるように思います。
いずれにしても、犯罪事実に関する証明や証拠調べは公判期日(に公判廷で)で行われることになります。
(公判前整理手続は公開されませんので、「公判廷」にはなりませんし、「公判期日」にも該当しません。)
ウ 別の立場でも前提は異ならない
繰り返しになりますが、自己矛盾供述の弾劾対象となる供述は通常は犯罪事実の証明ための供述でしょうから、弾劾対象となる供述が出てくるのは証人尋問が行われる公判期日(の公判廷)であり、公判期日の状況を踏まえなければ、自己矛盾供述が存在するとは言い難く、328条の文言にも沿わないため、公判前整理手続段階において自己矛盾供述に関する証拠の請求は難しいし、裁判所も証拠の採否は決められないというのが、名古屋高裁金沢支部H20判決(百選11版・57事件等)の背景にあった考え方のような気がします。
もちろん、予想される法廷の証言と矛盾する自己矛盾供述が存在することは公判前整理手続段階で少なくとも弁護人は「予測」できたであろうし、弁護人がそれを予定主張等として公判前整理手続で主張・供述調書を証拠調べ請求等すれば裁判所も「予測」できただろうという反対の立場はありますが、反対の立場でも、「弾劾の対象となる供述が公判期日で初めて証拠として出てくるという訴訟法の理解」に関する前提は異ならないように思います。
その上で、そうであっても証言の予想はできたのだから証拠調べ請求しておかなければならなかったという思考と思います。
百選11版・百選10版の解説や、判例タイムズ1399号49頁の解説等は、証言が公判期日で初めて証拠になるという点や条文の文言の観点からではなく、公判中心主義の観点から「まずは証人尋問で」という点から「やむを得ない事由」は認められるという立場であることは、上述の通りです。
なお、弁護士からすると、反対尋問の実効性担保の観点から、常にやむを得ない事由が認められるべきと考えますが、各解説では否定的に捉えられている現実があります。
司法試験 令和7年|刑事訴訟法|弾劾証拠(328条)と公判前整理手続(2)
司法試験論文試験 令和7年 刑事系科目・第2問・設問2 その2です。
前置きが長くなりましたが、検討します。
弁護人が請求した〔証拠1〕及び〔証拠2〕について、検察官が付した証拠意見の理由について
各理由の当否に ついて、関連する条文の趣旨を踏まえて論じなさい。
1.〔証拠1〕は、証明力を争うための証拠として刑事訴訟法上許容される証拠には当たらない。
2.〔証拠2〕は、公判前整理手続において証拠調べ請求がされていない証拠であるから、公判期日において、証拠調べ請求をすることはできない証拠である。
という設問です。
1.問題文の整理
(1) 供述録取書不同意→供述者の尋問という流れ
弁護人Tは…〔証拠3〕について不同意との証拠意見を述べた。
検察官Sは、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」として、丙の証人尋問を請求し…た。
しっかり理解されている方はいると思いますが、
この流れを理解していると問題文が読みやすくなり、手続法苦手意識もなくなるので触れておきます。
検察官は、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」としており、立証趣旨に拘束されるかはともかく、検察官は公訴事実の犯罪事実(いわゆる罪体ですかね。)を立証するために〔証拠3〕を請求しています。
共犯者丙(まして自白している)の供述録取書ですから、裁判所からしても、犯罪事実の認定のために用いられるであろう証拠であることはわかるでしょう。
犯罪事実は、厳格な証明による必要があります。
➀証拠能力を備えた証拠を、②適式の方法によって(刑訴法304条以下等の法律の規定に従って)取調べられる必要があります。
そこで証拠能力があるかですが、甲と計画をした事実や3人でV方に侵入して盗みを働いた事実は、まさに丙の知覚・記憶・叙述が問題になる伝聞証拠です。
そのため、326条の同意がない限り証拠能力は与えられず(最近は、伝聞性は解除されず かもしれません。)、裁判所は証拠の採用(決定)ができません。
そこで検察官は他の立証方法を探す必要がありますが、丙の話を証拠(供述も立派な証拠)として法廷に顕出させるには、伝聞証拠の問題をクリアできない限り、丙自身に法廷で話をしてもらうしかありません。
なので、検察官は丙の証人尋問を裁判所に請求していますし、裁判所も当然実施の決定をしていることになります。
(2) 法廷での証言は丙が体験した事実に関する限り伝聞にはまずならない
証人尋問は、裁判所の面前で話をするので、知覚・記憶・叙述の過程に誤りが入る可能性を、反対尋問はもちろん、裁判所自身がチェックできますから、証人尋問の話が伝聞証拠になることはありません(伝聞証拠の定義を 法廷外の供述で供述内容の真実性が問題になるもの と整理していれば、証人尋問の供述は法廷内の供述ですから、定義にすら当てはまりません。)。
厳密にいうと、証人尋問の話のなかに、他の人の話があり、他の人の話の真実性が問題になれば伝聞証言になりますが、今回は、丙自身が体験した事実が問題になるので、伝聞供述が出てくる可能性は低いように思います。
なお、甲が共謀も・犯行を否認している本件では、〔証拠3〕は丙の体験した事実(甲との計画、3人でV方に入り盗んだこと)自体が問題になるのは明らかで、検察官の設定した立証趣旨におかしな点はなく、最高裁平成17年9月7日決定(刑集59巻7号753頁)(平成17年決定)「立証趣旨に拘束されるとおよそ無意味な証拠に証拠能力を付与ずることになりかねないような場合にまで裁判所が当事者の設定した立証趣旨に拘束されると解するのは相当でない」という議論は問題になりえないこともわかるでしょう。
参照記事 その1犯行再現と伝聞証拠(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)
(3) 証拠調べ請求と証拠意見
なお、検察官の証拠意見は、「取調べに異議あり。」というものです。
これは刑訴規則190条2項を根拠とする意見です。
この意見の中に、伝聞証拠(と意見を述べる側が考えた証拠)については326条の同意が含まれるのが通常です。
いわゆる「同意・不同意」というものです。
本件はもともと弁護人が「証明力を争うため」と請求し、伝聞法則の適用がない前提で請求していることを大前提として検察官が証拠意見を述べた設定になっています。もともと、乙の供述録取書で(伝聞法則を潜脱する)実質証拠として使うに等しい請求と検察官が考えるのであれば、「不同意、異議あり」としてもよい気もしますが、そういうことをやると回答者が混乱するのでシンプルにしたのかなと思います。
細かいですが、司法試験の問題文は非常に練られています。
こういう細かいところも確りと作られていますし、こういうところの意味を確り分かっていれば、回答するべきところに集中できるというメリットはあるように思います。
(4) 丙の証言
丙は、主尋問において、「甲が犯行 を計画し、自分、甲、乙の3人で、V方に侵入して盗みを行った。」などと証言した。そして、 丙は、反対尋問において、弁護人Tから、「甲は事件に関与していないのではないか。」との 質問を受けると、これを否定し、主尋問でしたのと同様の証言をした。
さらに、丙は、弁護人 Tから、「捜査段階で、『自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件には関係な い。』と話したことがあったのではないか。」などと〔証拠2〕の内容やその作成過程に関す る質問を繰り返し受けたが、「そのような供述をした記憶はない。覚えていない。」などとの 証言に終始した(以下、第2回公判期日における丙の証言を「丙証言」という。)。
というのが、丙の尋問でした。
2.設問2-1(328条)の検討
(1) 設問2の1
設問2の1は、甲の犯行計画、甲と犯行を実行したという丙の法廷の証言の証明力を争うため、弁護人Tが行った、(証拠1)乙の供述調書(計画したのは丙、盗みは乙と丙で行った。甲は関与していない。)が「証明力を争うための証拠として刑事訴訟法上許容される証拠」にあたることの当否を問うものです。
問題文に条文は適示されていませんが、「まず条文」という実務家登用試験の司法試験的な発想としては、「証明力を争う」という文言がある条文は328条しかありませんので、とっかかりとして、328条の存在の暗記は必須かもしれません(暗記を求められても酷ではないでしょうね。)。
あるいは、
証拠1は乙の公判廷外の供述を内容とするので、原則証拠とできない(320Ⅰ)。
そして、(320条1項は、321条~328条を除くほかとしており、)321条~327条の伝聞例外の規定にも当たらないところ、328条は証明力を争うために証拠とできるとあり、解釈次第では証拠1はこれにあたり得るので、この解釈が問題になる。
という思考過程でしょうか。
第321条乃至第324条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であっても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。
328条が、第321条乃至第324条の例外規定であれば、丙の供述の証明力を争うために丙以外の乙の供述を証拠とできる(非限定説的な考え方)
328条は、非伝聞的用法を認める確認規定に過ぎないとすれば、丙以外の供述は証拠とできない(限定説的な考え方)
という分岐点になります。
そこで、「第321条乃至第324条の規定により証拠とすることができない書面又は供述」とは何を指すのかという問題が出てきます(328条により許容される証拠)。
(2) 限定説か非限定説か
ここは判例で結論が出ていますので、限定説をとらざるを得ないでしょう。
非限定説、つまり、
他方、証明力を争われる者が別の機会に行った矛盾供述であれば、それぞれの供述の内容の真実性が問題となることはなく、矛盾した供述自体が証明力に影響を与え得るのであるから伝聞法則の潜脱にはならない。
証明力を争われる者が公判準備又は公判期日における供述をした場合に、別の機会に矛盾する供述をしたこと(自己矛盾供述の存在)を立証することを許容しているに過ぎないというべきである。
328条は注意的な規定に過ぎない。
といったところでしょうか。
ただ、実際の2時間の試験時間では長いですね。もう少し要約する必要があるでしょう。
(3) あてはめ
〔証拠1〕は、供述内容は、
・「自分と丙の2人でV方に侵入し て盗みをした。」点で「自分、甲、乙の3人で、V方に侵入して盗みを行った」という丙証言と矛盾します。
・「犯行を計画したのは丙であり、甲は事件には関係ない。」という点で、「甲が犯行を計画」したという丙証言と矛盾します。
しかし、弾劾の対象となる供述者丙ではなく、乙の供述録取書です(乙の署名押印あり。)から、自己矛盾供述ではありません。
自己矛盾供述を許容しているに過ぎない、328条によって採用されることはありません。
したがって、検察官Sの証拠意見に対する理由は正当ということになります。
過去の出題と比べると、非常にシンプルなので、見落としがあるかもしれませんが、設問1の分量が多いであろうこと、設問2ー2が本当に聞きたい問題であろうことからすると、そんなものかなと言う気もします。
3.平成18年判決(百選11版・85事件等)のその他の判旨
平成18年判決は328条により許容されるのは自己矛盾供述に限るという判断のほか、重要な判断を示しおり、純粋補助事実との関係での射程もありますので、整理しておきます。
(328条は、しばらく出題されないと思いますが、このような隙間が狙われます。)
(1) 自己矛盾供述の存在の証明は「厳格な証明」
ア 判旨
と判旨しています。
自己矛盾供述の存在に限るという限定説と、その存在の証明が厳格な証明まで要するか・自由な証明で足りるかは別問題のような気がします。
(調査官解説や、他の裁判官の解説では、論理的帰結等述べられています。)
この問題は、仮に、(証拠2)丙の供述録取書等で、丙の署名押印がない場合に顕在化します。
イ 厳格な証明を要する理由~判旨はやや不明確~
なお、調査官解説は、328条は、自己矛盾供述の場合は、丙の知覚・記憶・叙述部分の伝聞性が問題にならないから許容されるのであって、丙の供述の存在を証明しうる部分、つまり、丙の供述を録取する捜査官等の知覚・記憶・叙述分の伝聞性は払拭されていないため、署名押印が要求される、すなわち、厳格な証明が必要になる趣旨の記述がなされています(調査官解説p415参照)
しかし、まず、厳格な証明か自由な証明かが先の議論で、その後に署名押印が必要になるか(丙の供述の存在について、証拠能力を有し適式な証拠調べを経るべき厳格な証明が必要か)という議論の順序になるはずであって、この解説は少しわかりづらいので注意です。
録取部分について伝聞性が解除されておらず署名押印が必要だから、厳格な証明を要するというのは、理由と結論が逆ではないかということです(そもそも、自由な証明で足りるということであれば、録取部分について、必ずしも伝聞性が解除されている必要はないわけです。)。
同じような指摘が、古江頼隆「事例演習刑事訴訟法(第3版)」p462にもありますので、気になる方は参照をしてみてください。
判旨だけ丸暗記をしているとこういうところの理解に躓くことがありますので、疑問に感じた点はよく調べると良いと思います。
繰り返しになりますが、広く浅くよりも気になったところを深堀してしっかり調べる方が、知識の定着は確りなされるのではないかと思います。
そして、厳格な証明を要するとしたのは、自己矛盾供述の存在は、犯罪事実に関する重要な供述の証明力に影響し得る補助事実であるから、その位置づけの重要性にかんがみて、厳格な証明を要するというべき
というのが落ち着きどころなのではないかと思います。
(川出敏裕「判例講座刑事訴訟法 捜査・証拠編」第18講 Ⅷ)
せっかく限定説をとって、自己矛盾供述に限定したのに、自己矛盾供述の存在を(第三者の供述録取書で丙の証言が含まれているもの等)伝聞証拠等による立証が可能とすると、自己矛盾供述の存在に関する知覚・記憶・叙述の過程を反対尋問等で吟味できないまま、自己矛盾供述が証拠として検出されてしまうのでは、限定説をとった意義が乏しくなってしまうというのが価値判断としてあるようにも思います。
(2) 自己矛盾供述以外の補助事実の証明
ア 自己矛盾供述以外の補助事実
そうすると、自己矛盾供述以外の補助事実は?(たとえば、証人の資質、能力、偏見、利害関係など)という問題も出てきます。
平成18年判決は328条で許容されるのは自己矛盾供述に限定したと判断したにとどまり、他の補助事実については射程外なので、自己矛盾供述以外の補助事実について、自由な証明で足りるという説は否定されていません(調査官解説p414)。
もっとも、自己矛盾供述以外でも重要な補助事実は事案によってはあり得ます。
この点は、調査官解説(p413)でも言及があります。
たとえば、川出教授の書籍に例として挙げられている例にもありますが、証人Aが、被告人と敵対する関係者Bから賄賂を受けとっていたっていたとすれば、その事実(利害関係等の純粋補助事実に位置づけられます。)は証人Aの信用性に致命的な影響を与える可能性があります。
そして証人Aが関係者Bからわいろを受け取っていた事実を、Wが目撃していたとします。
証人Aが賄賂を受け取った事実を、Wの証人尋問なしに、その事実を目撃した人Wの供述録取書で証明してよいのかということです。
自由な証明であれば、弁護人が不同意という意見を述べようと、証拠能力を備えてなくても、裁判所は証拠を採用できます。
そして、本気を出せば、Wの尋問をせずに、Wの供述録取書に依拠して賄賂の事実を認定することが可能です。
ある事実について、厳格な証明を要するのか、自由な証明で足りるのか、というのは法律の解釈適用の問題であり、裁判所の判断(訴訟指揮権の一つ?)ということになるのだろうと思います。
イ 訴訟指揮の問題
この点については、自由な証明で足りるとしても、必ずしも厳格な証明を排除しているわけではなく、事案に応じて厳格な証明の運用を行うことで解決できるというのが、裁判官の思考過程のようです(小倉哲浩「49 弾劾証拠」実例刑事訴訟法ⅢP78(c))。
感覚的に考えても、証人Aが賄賂を受け取ったというWが目撃した事実が判決の結論を左右し得るのであれば、Wの証人尋問を行い、その供述を吟味しなければならない事案の方が多いでしょう(さらには、証人Aにもこの点を確認し、賄賂を渡したとされる関係者Bの尋問も行い、誰の供述が信用できるのか、賄賂を渡した事実を認定しなければならない事案の方が多いように思います。)。
それにもかかわらず、自由な証明であるからと言って、(判決の結論を左右し得るような重要な証言である)Wの尋問を行わずに、判決を行った場合には、訴訟指揮権の裁量を逸脱しており、訴訟手続の法令違反として、控訴審で破棄される可能性もあるということになるのだろうと思います。
(破棄され、差戻されれば、一審でWの証人尋問を行うといった進行が考えられます。)
ウ 自己矛盾供述が表れている部分に限られる という判旨
なお、
としています。
「信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が…証拠の中に現れている部分に限られる」
したがって、自己矛盾供述があれば、他の部分も含めて全部が328条により採用されるわけでは、判旨上は、ないはずです。
が、その供述録取書には、自己矛盾供述をした当時の経緯やそのような供述をした理由などが記載されているはずですし、供述の信用性を吟味するにあたり重要です。
自己矛盾供述の存在自体部分のみならず他の部分も証拠として採用されることもあるかもしれません。
仮にそのようなことがあるとすれば、おそらく、自己矛盾供述以外の補助事実(≒純粋補助事実)として、自由な証明により採用しているという整理になるのだろうと思います。
(後藤昭「供述の証明力を争うための証拠」井上他編『三井誠先生古稀祝賀論文集』p668(有斐閣、2012年)ご参照。同論文は、難解ですが、示唆に富む指摘が多く、実務的にも参考になる文献です。)
司法試験 令和7年|刑事訴訟法|弾劾証拠(328条)と公判前整理手続(1)
司法試験後の時期なので、今年(令和7年度)の問題を検討します。
司法試験論文試験 令和7年 刑事系科目・第2問・設問2 です。
出題趣旨や採点実感が出ていませんから、ずれた話になるかもしれませんが、ご容赦ください。
1.出題に関する雑感
(1) 公判前整理手続に関連する出題
公判前整理手続に関する問題を検討していたところ、令和7年でも出題されました。
公判前整理手続が実務上非常に重要視されていることから、出題されたのかもしれません。
しつこいですが、公判前整理手続の重要性は、平成28年の記事もご覧ください。
公判前整理手続の長期化は、最高裁長官が度々コメントしているところです。
(2) 弾劾証拠(刑訴法328条)に関連する出題
この出題は、過去にもなされています。
「ネタバレはやめてほしい」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、弾劾証拠(刑訴法328条の解釈)は司法試験受験者であれば知らなければいけない論点ですし、いつ出題されてもおかしくない論点ですから、ネタバレでも動じない必要があります。
過去に出題されていることを把握しておく必要があったともいえます。
刑訴法328条で許容される証拠は、
最判平成18年11月7日刑集60巻9号561頁
で概ね決着がついていますし、正確な理解が求められる判例です。
百選にも掲載され続けています(百選11版・85事件、百選10版・87事件、百選9版・90事件)。
10版・9版は裁判官による解説です。
判旨だけではわかりづらい面もありますから、調査官解説も必読でしょう。
過去の出題と比較しても、公判前整理手続との絡みがある分、この論点に関する出題としては平易な気がします。
また、全体として設問1に分量を割くべき問題のように思いますので、設問2を平易なものにしたという考慮もあるかもしれません。
(3) 公判前整理手続後の証拠調べ請求
ア 規定を知らなかったとは言いづらい
公判前整理手続自体、なじみの薄い手続とはいっても、既に過去に2回出題されています。
特に、被告人質問の制限に関する出題に関し、証拠調べには制限する明文の規定がある一方で主張制限には規定がないというポイントがあり、公判前整理手続後の証拠調べ請求の制限は関連判例を調べたり過去問を確り復習していれば知識として十分入り得たものでした。
現に、
最高裁平成27年5月25日決定(刑集69巻4号636頁)
の調査官解説、そこまでいかなくとも百選の解説(百選11版・56事件、百選10版・57事件)に目を通していれば、証拠調べ請求の制限・「やむを得ない事由」に言及があり、この予備知識が入ることは不可能ではなかったように思います。
また、証拠調べの制限に関する「やむを得ない事由」は、基本書を読んでいても必ず出てきますし、明文の規定もありますから、全く知らなかったとは言いづらいところです。
イ 裁判例が百選にも掲載され続けている
公判前整理手続後の証拠調べ請求自体については、
名古屋高裁金沢支部平成20年6月5日判決が百選に掲載され続けています。
(百選11版・57事件、百選10版・58事件、百選9版・59事件)
いずれも実務家、11版・10版は裁判官による解説です。
特に10版・11版は裁判員裁判制度が施行されてある程度時間がたち、公判前整理手続の在り方や証拠調べ請求の制限の考え方が固まってきた時期の解説であり、解説も含めて必読と言ってよいでしょう。
過去問から多大なヒントを得ることができた・百選にも掲載され続けている裁判例があるという意味では、過去2回の出題と比較して、公判前整理手続を絡めた出題としては平易であったように思います。
というより、百選11版・56事件、百選10版・58事件の解説に記載されている問題意識がそのまま出題されたようにも見えます。
2.裁判員裁判を意識か?
(1) 公判前や尋問状況を踏まえた論述
ただ、回答するにあたって理解が少し難しい問題があります。
公判前整理手続後の証拠調べ請求と、弾劾証拠・特に自己矛盾供述との関係は、公判前整理手続の証拠開示の状況や公判期日における証人尋問の内容を踏まえなければ、しっかりとした論述をすることができません。
この辺りの問題意識は、(百選11版・57事件、百選10版・58事件、百選9版・59事件)でも触れられていますが、司法試験受験生からすると理解が難解と予想します。
この予想が合っているとすればですが、その原因は、刑事裁判のイメージを掴みづらいという点にあると思います。
たとえば、名古屋高裁金沢支部平成20年判決(百選11版・57事件等)の「やむを得ない事由」の理解については、刑事裁判の心証形成は、公判期日の証拠調べ手続で行われる(公判前整理手続ではない)という理解が難しいという点にあるように思います。
(2) 公判中心主義への回帰
過去の弾劾証拠の問題は論点自体は簡易でややアカデミックな設問もありました。
他方本問は、アカデミックというよりは実務、特に裁判員裁判を意識したものと考えらえれます(そうでなければネタ切れ。)。
刑事裁判の現場は、裁判員裁判制度の施行により大きく変わりました。
その一つが、公判中心主義・直接主義・口頭主義への回帰です。
従前の刑事裁判は、調書裁判・(書面に依存した)精密司法などと批判される向きもありました。
裁判員裁判制度の施行によって、(あらゆる事件でというわけではありませんが)「公判で話を聞けばいいのではないか」というのが裁判所にも浸透しているように思います。
そう考えると公判供述を弾劾するための自己矛盾供述が記載された供述証拠の取調べ請求が当然に許されるとすると、またまた調書裁判・精密司法へ逆戻りということにもなりかねないという考えもあるのかもしれません。
この問題は、公判前整理手続の重要性に加え、そのような昨今の刑事裁判の変化も問われている問題であったように思います。
百選11版・56事件、百選10版・58事件にもしっかりそのような趣旨は書いてあるのですが、読んでいても実際理解するにはなかなか難しいような気がします。
(3) とはいえここまで意識できなくとも
以上は、問題文の事情や昨今の実務の現状から推測した出題意図によるものです。
受験生がここまで意識するのは難しいのではないでしょうか。
おそらくここまで行かなくとも、1の(2)と(3)の基本的な枠組みを押さえることができていれば、十分合格水準に達するのではないかと思います。
もっとも、採点実感で、「公判前整理手続の状況や尋問の具体的な経緯を踏まえて論ずる答案は多くはなかった」と指摘されそうな気がします。
司法試験 令和1年|刑事訴訟法|訴因変更の可否と公判前整理手続(3)
司法試験論文試験 令和1年 刑事系科目・第2問・設問2 その3です。
次に公判前整理手続の絡みです。
1.「公判前整理手続を経ていることを踏まえつつ」
(1) 誘導
公判前整理手続を得ていることを踏まえつつ、と設問に記載されていることから、思い切り誘導がされています。
この点を触れないわけにはいきません。
採点実感でも「訴因変更の許否と公判前整理手続と の関係については,下級審の裁判例はあるものの,受験生にとっては若干なじみのない論点であったかもしれない。」とあります。
「しかし、…十分に解答可能な問題であると思われる。」と結論付けてきているものの、難しい問題であることは織り込み済みであったように読めます。
(2) 実務における公判前整理手続の重要性
公判前整理手続の実務上の重要性は、その1 でも述べたとおりです。
平成28年の問題でも述べました。
考査委員としては、「なじみのない論点」であっても、実務上非常に重要な手続である以上、出題は検討せざるを得ない。というところでしょうか。
少なくとも「公判前は出題されないから、司法試験受験では勉強しなくてよい」と、ノーマークにさせないようにする意図はあるのかもしれません。
司法試験合格後に配属された司法修習生が「公判前整理手続は全く勉強していない」という状態では、特に刑事裁判修習の現場は困ってしまうことは想像に難くありません。
(3) 著名な裁判例~百選に掲載され続けている
その1でも触れたとおり、東京高裁平成20年11月18日判決が著名な裁判例としてあります。
平成21年重版・3事件、百選9版・58事件、百選10版・56事件、百選11版・55事件と掲載され続けています。
解説者も実務家です。難しい議論がなされているのではなく、平易に実務上の問題点が記述されているので、理解も難しくない解説です。
「百選つぶし」を確りできていた人からすれば、知らない論点ではなかったでしょうし、容易な問題であったはずです。
が、実際出題され、「論述しなさい」と言われると、難しい問題だったのだろうなという気がします。
2.議論の出発点
予備知識をあまり持っていないことを念頭に置いて、考えていきます。
(1) 実務家登用試験という視点からアプローチ
司法試験は実務家登用試験です。
現に、普段考えたことがない問題にあたることはあります。
考えたこともない問題が出てきた場合、
・まずは条文があるのか(なければ解釈問題)。
・条文があれば条文の文言は明確か、解釈の余地があるのか(あれば解釈問題)。
・判例・裁判例の射程内であるとしても当てはめなどで結論は異にならないか。
といった思考過程を取ることが多いと思います。
学説などの議論状況を検討するのは、条文がない場合、判例・裁判例がない場合が多いのかなと思います(判例・裁判例の射程は、刑集・民集登載判例であれば調査官解説、実務家の解説の優先順位が高いです。)。
過去の記事でも触れたとおりです。
(2) 公判前整理手続に付されている事案の訴因変更の可否の議論状況
「公判前整理手続に付されている事案の訴因変更の可否」について明文の規定はありません。
そのため、解釈問題となります。
理論構成によって、結論等に決定的な違いが出るとは思えず、盛んな議論がされているようには見受けられませんが、
百選11版・55事件の解説を見ますと、
A 公判前整理手続きを経ていること自体が制約根拠となり得る立場
B 従前の訴因変更の時的限界と同様、検察官が新訴因による訴追を放棄している場合には信義則違反、被告人の防御に著しい不利益が及ぶ場合には権利濫用と構成する立場
C 公判前整理手続に付された事案における検察官の協力義務違反による権限濫用・信義則違反と構成する立場
と整理されています。
Bの場合には、検察官の帰責性(公判前の主張内容と程度、新主張がされる経緯、公判における新主張内容、新主張の時期)・被告人の防御内容を中心とするべきで、訴因変更による新たな証拠調べの負担や裁判員対象事件等は考慮されるべきではないという整理になるようです。
論理必然的に「そうなる」というよりは、「なりやすい」ということでしょうね。
いずれも説明の違いにすぎず、結論を異にすることはないように見えます。
変更後の新訴因により、新たな証拠調べの負担が増大し、事前に定められた審理計画(スケジュール、時間割)の大幅の変更が余儀なくされるのであれば、当然、被告人の防御の準備が過大になるはずです。公判における新主張も、大幅な変更でしょうから、許可されづらくなるように思います。
そのため、「新たな証拠調べの負担の増大、事前に定められた審理計画(スケジュール、時間割)の大幅の変更が余儀なくされる」といった要素は、被告人の防御の要素に取り込まれており、Bの立場でも十分に織り込み済みになると思います。
逆に、百選の解説を熟読しすぎて、A説、B説、C説があり、どれが妥当かというポイントの押さえ方をしていると、縛られ肝心のあてはめや結論がおろそかになり、危険な気がします。
B説は、「公判前整理手続に付されている事案の訴因変更の可否」について明文の規定がない以上、独自の論点を持ち出すのではなく、従前の議論の中で解消するべきということなのかなと思います。
もっとも、公判前整理手続自体、刑訴法で明確に認められている制度ですし、その手続きを経ている時点で、従前の訴因変更の時的限界とは質的に異なり、別次元の論点として議論することは可能でしょう。
公判前を経る場合には、証拠開示、審理計画の策定や立証制限という、経ていない手続とは異なる事項が多々あるので、それらを踏まえた基準が示されるべきであり、その意味でも、端的に公判前整理手続きを経たことが制約根拠になるという解釈が自然かと思います(公判前整理手続における検察官の協力義務を拠り所とする権限濫用・信義則違反かと説明するかはともかくとして、AかCのどちらか。)。
3.検討
(1) いわゆる規範
・明文の規定はない。
・公訴事実の同一性を満たしさえすれば許可できるとすると、争点と証拠を整理し、審理計画を定めるという公判前整理手続が無意味になる。
・公判前整理手続の趣旨を没却するような訴因変更の請求は許されないとするべき。
・考慮要素は、公判前段階の検察官の主張内容や争点整理の状況(公判前での主張の可否、弁護人の主張を踏まえ新訴因が争点になる得ることが予測できたか)、訴因変更をするに至った経緯(検察官の帰責性。公判前で主張できなかったか。)、訴因変更請求の時期、訴因変更による審理計画への影響の有無と程度(新たな証拠調べの有無とその負担)
といったところでしょうか。
当てはめ勝負なので、端的に行くべきでしょう。
(2) あてはめ
ア 検察官の帰責性
公判前整理手続において、弁護人から、甲の集金権限に関する主張はなかったことからすると、検察官が集金権限がないことを前提とする訴因変更請求をすることは困難であったと言えます。
「なお」で始まる文章を使わない手はありません。
X社の社長の、「甲に集金権限はなかった」という話は公判期日において初めて出てきた話で、警察官や検察官に話していなかったことであるため、訴因変更請求することについて、検察官に帰責性があるとは言い難いように思います(予備的な訴因の追加も厳しかった気もします。)。
X社の社長の証言は、「警察官及び検察官に話していなかった」ということですし、問題の設定上、信用性もある前提で考えてよいと思います。
イ 審理計画への影響
(ア) 裁判所からして更に審理を尽くす必要があるか
また、Aは集金権限がないことをと知らず「集金担当者だと思って3万円を交付した」と証言していますから、証拠上、欺罔行為は認められることになります。
問題文の設定上、信用できる供述ということにしておきます。X社長も「…急な異動の ため,甲が担当していたAなどのお客様への連絡が遅くなってしまった。」と証言していることからして、Aの証言は社長の証言と一致し、信用性も認められるという評価も可能かもしれません。
そして、甲自身も集金権限がないことを自白しています。
これも問題の設定上、信用できるという前提で考えて良いのだろうと思います。
少なくとも、甲自身が認めている以上、社長やAの再度の尋問をする必要は乏しいという評価にはなりそうです。
そうすると、仮に訴因変更を許可しても、詐欺罪の認定は可能で、更に審理を尽くす可能性は乏しそうです。
つまり、従前の審理計画の変更は「裁判所からすれば」なさそうということになります。
(イ) 当事者からの証拠調べ請求もない
裁判所は審理を尽くさずに十分に事実認定できると思っても、当事者から証拠調べ請求がなされれば、よほど関連性がないとされない限り、証拠は採用し、証拠調べは行った上で、結審するのが通常です。
しかし、本件では、検察官や弁護人から追加の証拠調べの請求もない以上、(ア)の通り裁判所として新たに証拠調べを行う可能性も考え難く(職権で証拠調べする余地は抽象的にはありますが、(ア)のように心証形成できるのであれば、まずありません。)、新たに証拠調べをすることは想定されません。
そのため、新しい証拠調べが行われる可能性はなく、審理計画が大幅に変更される可能性はないと言えるでしょう。
(ウ) あり得る新しい訴訟行為も審理計画への影響は軽微
問題文を読む限り、被告人質問は終了していますから、通常は論告・最終弁論が次の段階になります。
この段階で、当事者がしなければいけない作業として、検察官は論告、弁護人は最終弁論を修正があり得ます。
訴因変更請求の手続が論告・最終弁論の当日であれば論告・最終弁論が午前だったものを午後に移してほしい、翌日にずらしてほしいという話は出るかもしれませんが、この程度であれば、公判前整理手続の趣旨を没却するとは言えないでしょう。
裁判員裁判でなければ、もともとの審理計画として論告・最終弁論が被告人質問の翌日や近い日ではない可能性がありますので、その場合には審理計画の変更は不要かもしれません。
他方、裁判員裁判であれば、通常は、被告人質問→当日そのまま論告・最終弁論の審理計画、か、翌日論告・最終弁論の審理計画としていることが多いはずですが、予備日を定めスケジュールに余裕をもって審理計画を定める裁判所もありますので、半日・一日ズレる程度は許容範囲でしょう。
望ましくはありませんが、「業務上横領と詐欺罪は法定刑が一緒なので、元のスケジュール通り行う」という人もいそうです(弁論が翌日に計画されていて、一晩で修正できることもあるかもしれません。)。
ウ まとめ
公判前整理手続の段階で、弁護人から、甲の集金権限に関する主張はなく、X社の社長の、「甲に集金権限はなかった」という話は警察や検察に話しておらず公判期日において初めて出てきた話であることからすると、検察官が集金権限がないことを前提とする訴因変更請求(予備的な訴因変更も含む)をすることは困難であった。
訴因変更請求に伴う当事者から新たな証拠調べ請求もなく、Aの供述から欺罔行為は認定可能な状況と言え、新たな証拠調べ等を行う必要性はない。
集金権限がなかったことは甲自身も認めており、被告人の防御への影響は殆ど認められない。
あり得るとすれば、論告弁論の変更による審理計画の変更であるが、大幅な変更を要するものではない。
以上から、訴因変更を許可しても、公判前整理手続の趣旨を没却することにはならず、訴因変更は許可されるべきである。
といったところでしょうか。
(3) 余談 ~新たな論告や弁論を許さない訴訟指揮~
話はそれますが、訴因変更が許可されたにもかかわらず、弁護人に変更後の訴因について最終弁論の機会を与えないことは、違法であり、控訴審で訴訟手続の法令違反を理由に破棄されることはあり得るので、留意は必要です(たとえば、当初の訴因で論告・最終弁論が行われ結審したが、裁判所が弁論を再開し検察官に訴因変更をさせ、弁護人に十分な反証や最終弁論の機会を与えないということがあり得ます。)。
特に裁判員裁判では、審理計画が少しでもズレると評議の時間にも影響するので、裁判所が計画のズレを嫌がり、反証や最終弁論の機会を十分に与えないで強硬的に裁判を結審させるという事案もあるようですが、よろしくない対応です。
訴因に争いのない事実であれば当然、争いがない事実でも「争いがないからいいでしょ」と考え、当事者である弁護人・被告人からの「再度弁論をさせてほしい」という申し出を許さないことは、訴因を審判対象とする刑事訴訟において審判対象の変更があった場合に防御の機会を与えないことですから、特に当事者主義を建前とする現行の刑事訴訟法では、かなり微妙な判断になってきます(少なくとも、当事者の立場からすればそのような訴訟指揮は許容はできないでしょうね。)。
4.採点実感の検討
以上の通り、検討では分量は多くなりましたが、問題文に上がっている事実を拾えば、(百選の知識がぼんやりとある程度でも)その場で何とかできなくはない問題だったと思います。
以下、採点実感で気になる指摘がありましたので、検討をしておきます。
(1) 公判前に触れていない
〇公判前整理手続について全く触れていない答案が少なからずあった。
設問で思い切り誘導されていましたので、触れないのは致命的なように思います。
それでも、全体的に出来は良くない箇所でしょうから、傷は浅く済んだのかもしれません。
いわゆる「百選つぶし」をされていた方で、触れることができなかったのであれば、原因分析・勉強方法の見直しは必要でしょう。
判例・裁判例について、まずはメリハリをつけて押さえていくべきかと思います(民集・刑集登載か、百選でずっと掲載されている判例・裁判例か、解説者が実務家かなど。)。
もう一度、過去記事を貼り付けます。
(2) 被告人の防御や不意打ちについて
ア 被告人の防御のみから論ずる
〇公判前整理手続後の訴因変更の許否について,被告人の防御の観点のみから論ずる答案も多く見られた。…公判前整理手続で行 った争点と証拠の整理が無意味化してしまうのではないかという,公判前整理手続の制度趣旨 に立ち返った観点からの検討が欲しいところである。
被告人の防御が一つの要素であることは間違いではありませんが、公判前整理手続は、裁判所・検察官・弁護人の三者が関与の下、争点と証拠を整理し、審理計画を立てる点にポイントがあります。
被告人の防御に影響があっても直ちに許されないというものでもなく、他の二者、検察官が予想できたか、裁判所が定める審理計画にどの程度の影響があるか、という被告人側以外の事情も考慮されざるを得ないということになります。
ただ、その場の思考では、被告人の防御に言及できているだけでも十分な気もします。
イ 被告人の不意打ちから論じたもの
〇訴因変更を許すと被告人の不意打ちになると論じている答案も少なからず見受けられた。しかし,…訴因変更を通じて防御の機会を得ることのできる(むしろ訴因変更は被告人の防御の機会を保障する最も手厚い手段とも言い得る。) 本事例には当てはまらない。
一番よくないのは、訴因変更をせずに判決で裁判所が突然詐欺罪を認定することです。
(受領権限の有無という構成要件にかかわる事実の変更、さらには罪名が変わってしまうので、訴因変更の要否という観点からも、審判対象そのものの変動になるはずなので、訴因変更を経ずに認定はまずいと思います。)
となると、むしろ、訴因変更をして、防御の機会を与えた方がよいということになります。
防御等に影響するとすれば、裁判所が訴因変更を許可したにもかかわらず、弁護人側からの新しい証拠調べ請求や、最終弁論の変更の必要性等から期日の変更を認めず、従前のスケジュール通りに裁判を結審させた場合でしょう。特に、裁判員裁判では、評議から判決の時間までも短期間に詰め込んで決めているので、裁判所は変更に消極的な傾向があります。
(この場合、証拠調べ請求の制限316条の32の「やむを得ない事由」はクリアされることが多いように思います。)
不意打ちを中心的に論じた方は、訴因変更を許可しても、裁判所は必ず従前の審理計画を強行するという前提があったものと思いますが、そういうわけではありません。
訴因変更を許可して審判対象が新しくなることと、その後の裁判の進め方をどうするか(訴訟指揮の問題)は全く別の問題です。
極端な話ですが、仮に訴因変更の許可により、新しい証拠調べ等が必要になり、審理計画の見直しが必要であれば、審理計画を変更する、極端な話、期日間整理手続に付して争点整理を一からやり直すという選択もあり得ます(刑訴法316条の28)。
ウ 被告人の防御が意味するところ
被告人の防御の影響が考慮要素とされうるのは、
新しい訴因になると被告人が新たに証拠調べ請求をする可能性や最終弁論の変更、そもそも期日間整理手続に付する請求をする必要性が出てきてしまい、それらが認められれば審理の長期化は必須であるところ、そこまでの負担を課してまで新しい訴因の変更を許可するべきなのか
という観点ではないかと思います。
「負担を課して」よいのかどうかは、検察官の帰責性等との相関関係になってくるということだろうと思います。検察官の帰責性が大きい事案であれば、そこまでして被告人に負担を強いるのが「手続的に公平なのか」という視点ともいえそうです。
(3) 検察官の事情を中心に論じている
〇訴因変更が許されると結論付けた答案の多くは,その理由として,X社社長が証人尋問において,突然,甲の集金権限の有無についての供述を変えたことを挙げ,検察官において,公判前整理手 続の中で訴因変更請求できなかったことはやむを得ないとするものが多かったが,さらに,被告人自身も被告人質問で自己に集金権限がなかったことを認めていることや,検察官及び弁護 人から追加の証拠調べ請求がなかったことを摘示して,訴因変更を認めても,公判前整理手続 で決められた審理計画に変更を来すものではないことまで論じられた答案は多くなかった。
先ほどと同じです。
間違いではありませんが、公判前整理手続は、裁判所・検察官・弁護人の三者が関与の下、争点と証拠を整理し、審理計画を立てる点にポイントがあります。
仮に検察官が公判前の中で訴因変更請求できなかったことがやむを得ないとしても、弁護人の防御に多大な影響があり、審理計画が大幅な変更が余儀なくされるというのであれば、許可されない余地は抽象的にはあり得ます。
(4) 余談 ~訴因変更請求が許可されないとどうなるか?~
なお、仮に許可されない場合、事案によっては当初の訴因は無罪判決ということになりますが、それでよいのかという問題は残ります。
まず、一事不再理効が及ばない関係にあるのであれば、別事件として起訴をすることになるのだろうと思います(それが、起訴権限の濫用といった問題にはなり得るかもしれませんが。)。
一事不再理効が及ぶ場合には別事件で起訴しても免訴の判決になります。
百選11版・55事件の解説掲載の、令和5年11月7日判決は、訴因変更を許可しない理由として弁護人の防御への多大な負担や検察官が公判前について訴因変更可能であった点のほか、当該訴因で有罪判決が得られる見込みも低かった点が考慮要素として挙げられています。
そうすると、訴因変更を許可しないことにより、本来有罪となるべき者が無罪になるという事態を避けたい、と考えている裁判所もいそうです。
また、こういう事案は、裁判所から訴因変更の促しが検察官にあり、検察官がこれを受けて訴因変更請求をすることもありますので、裁判所からの促しであれば、訴因変更をするに至った経緯としての検察官の帰責性は相対的に小さくなり、訴因変更請求が許可されやすい方向に流れるのかもしれません(当然、こういう事案は、弁護人から猛反対、猛抵抗されます。)。
あるいは、身もふたもない話ですが、旧訴因と新訴因が一事不再理の関係にあるのであれば、事実関係も類似しているでしょうし、審理計画や被告人の防御への影響は少ないでしょうから、訴因変更は許可され、そうした処理の中で問題は解消されているのかもしれません。
司法試験 令和1年|刑事訴訟法|訴因変更の可否と公判前整理手続(2)
前置きが非常に長くなりましたが、検討します。
司法試験論文試験 令和1年 刑事系科目・第2問・設問2 その2です。
1.令和元年刑事系科目第2問の特徴
問題文からしますと、この年の問題は、いわゆる別件逮捕・勾留 に分量が割かれており、配転もこちらの設問1の比重が高かったのではないかと思います。
そして、難解な訴因変更の可否、なじみの薄い公判前整理手続という点からすると、分量の薄い設問2は簡潔に書くことで足りたように思います。
こういう不慣れな論点が出ると、冷静さを失いますし、こうした割り切った判断を試験当日にするのは勇気が要りますので、準備できるものは日ごろから準備した方がよいことは間違いがありません。
2.公訴事実の同一性の検討 理論面
(1) 採点実感
採点実感を見ると、
「主要な判例や学説を踏まえ,自らの採用する判断基準を,そうした判断基準を導く理論的根拠をも明らかにしながら提示した上で,当該基準を本事案の具体的事実に的確に当てはめ,結論を導くことが求められる。理論的根拠を論じる際には,現行刑事訴訟法における訴因変更の制度の意義・機能や,それを公訴事実の同一性という概念によって限界づける実質的理由を検討することが,…求められる」
とのことです。
ですので、「公訴事実の同一性」が機能概念であることは一言でも触れるべきでしょう。
その上で、「基本的事実関係が同一か」という基準を打ち出すにあたっての「実質的理由」を論じる必要があるそうですが、
採点実感によると、
「例えば,「二重処罰の回避」とか「処罰の一回性の要請」などと述べ,しかしそれのみにとどまっている答案が少なからず見られたが,これだけでは説明として不十分であろう。この点について,例えば,「旧訴因との関係では一回的な処罰の対象となるべき事実関係であるにもかかわらず,訴因変更を許さずに別訴の提起を許すことになるとすれば二重処罰の危険が生じる。」などと具体的な言葉で丁寧に論述し,訴因変更制度及び「公訴事実の同一性」基準の意義 についての理解の深さを窺わせる答案が少数ではあったが見られた」
とのことです。
(2) 基本的事実関係同一説の根拠
ア 判例は根拠を明示していない
その1 で述べたとおり、「基本的事実関係が同一か」について、根拠を判例は明示していないように見えます。
判例の根拠を論ずる文献は明確に見当たりません。
古江頼隆「事例演習刑事訴訟法 3版」(2021年、有斐閣)288頁から289頁には論証のような整理がされています。
私なりに要約しますと、一定の範囲内の事実関係については別訴を許さず同一訴訟手続内で審判するべき範囲を定めたのが「公訴事実の同一性」で、刑事裁判は刑罰権の実現を目的とするものであるから、「公訴事実の同一性」は別手続きで審判をすると刑罰権が二度実現され二重処罰の関係が生ずるようなことを回避するべき点から判断されるべき。
といったところでしょうか。
ただ、ここから、なぜ「基本的事実関係が同一」とつなげられるのかは、明確ではないように思います。
現に、注41 では「判例の採る基本的事実関係同一説の理由付けとして用いることができるか、疑問がなくはない」とされており、同感です。
刑罰権の実現とそれによる別手続きでの二重処罰回避であれば、実体法上二重処罰になるかと考えるのが論理としては明快です。
「基本的事実関係が同一」であれば、通常は、「二重処罰の危険が生ずる関係にある」ということもできなくはない気もしますが、根拠と結論が完全にマッチしていない気もします。
イ 自分なりに論ずるか
ここまでくると、
現行刑事訴訟法は訴因を審判対象としている以上、「公訴事実の同一性」は訴因変更の限界を画する機能を有するに過ぎない。
公訴事実の同一性は、文言の統一性の観点からしても、訴因変更の可否や一事不再理効の範囲を画する基準とも同一というべきである。
訴因変更の可否は「一回の訴訟手続で解決するのが適切な範囲を画する基準」であるというべきことになる。
【公訴事実の同一性が広がると、検察官が訴因変更請求をする範囲が広がる点で被告人は法的地位が不安定になる不利益が生ずる一方、一事不再理効の範囲が広がる意味では検察官には不利益となり、被告人には有利になるなど、明確な基準を打ち出すことは難しく合目的的に判断する他ない。】
訴因変更の範囲が広がれば一事不再理効の範囲は広がるなどすることからして、「一回の訴訟手続で解決することが適切か」は合目的的に判断する他なく、両訴因間の、事実の共通性、証拠の共通性などから判断するほかなく、「基本的事実関係が同一」かという点から判断するべきである。
という身もふたもない理由の方がわかりやすい気がしますね(【】の表現は分量的に不要か。)。平野教授や松尾教授の表現に近いです。
基準として不明確であるという批判は免れませんが、自分なりに整理して論ずるほかないように思います。
3.公訴事実の同一性の検討 あてはめ
(1) 採点実感
「具体的事実への当てはめに際しては,例 えば,判例の判断基準に則して言えば,本事案の両訴因におけるどの具体的事実がどのような意味 で「同一」の「基本的事実関係」であると言えるのか,あるいは両訴因が具体的にどのような意味で「両立しない」のか等を検討することが求められる」
ということです。
(2) 検討
ア 前提
基本的事実関係が同一かどうか・非両立は補完的・比較対象は基本的には訴因記載の事実だが、訴因の記載のみならず証拠調べの結果により得られる事実も考慮
という前提で検討します。
イ あてはめ
まず、変更請求前の訴因の業務上横領は領得行為が実行行為であり被害者はX社、変更を求める訴因の詐欺は欺罔行為が実行行為であり被害者はAという点からすると共通性がないようにも見えます。
もっとも、両訴因は、甲が平成30年11月20日にAから受け取った3万円の領得行為に関する犯罪事実であり、同一の事実関係から構成されています(※)。
同じ事実関係のもと、甲に集金権限があれば業務上横領、なければ詐欺罪を構成するに過ぎません。
つまり、両訴因は、一つの同じ事実関係を、甲の集金権限の有無という観点から、法律的に別罪に構成しているに過ぎないとも言えます。
集金権限の有無によって、あちらが立てばこちらは立たずの、両立しない関係にあります。
証拠関係も、Aの供述が領得行為の前提となる金銭の受領・欺罔行為という点で重要であることは変わりありませんし、X社関係者の供述も詐欺と横領を区別する受領権限の有無に関する証拠として重要な点は共通しています。
したがって、両訴因は、事実関係は異にする部分はありますが、両立し得るものではなく、基本的事実関係は同一であるということができます。
という整理が考えれれます。
※ 「同一の事実関係」といってしまうと、両訴因の背後にある社会的事実的なものを探求しているようになっている気もします。気になるようであれば、「訴因記載の事実は共通している」と言い換えた方がいいかもしれません。
※でも触れたとおり、実際あてはめてみると、訴因同士を機械的に比較するのではなく、訴因を構成する前の「生の事実」「ストーリー」を探求する方が、共通性等は記述しやすいようにも思います。これが社会的事実といえばそうなのかもしれません。
「X社に勤めていた甲が平成30年11月20日にAから集金と称して3万円を受け取った」というのが訴因の背後にある事実、生の事実・ストーリーのようなものであって、それを集金権限の有無で、それぞれ法的に構成したものということになります。
(3) 実体法上両立しえない?で考えると
なお、例えば、「実体法上両立しえないか」という基準を立てていくのであれば、
受領権限があれば「真実と異なる欺罔」が存在しないのでAに対する欺罔行為がなく詐欺罪は成立せず、X社との関係での自分のものにした行為(借金の返済に充てるために自分のものにした?)についての業務上横領が問題になる。
受領権限がなければ、欺罔行為が存在することになりAに対して詐欺罪が成立する。その後自分のものとした点について犯罪は成立しない(※)。
したがって、受領権限があることを前提とする変更請求前の訴因と、ないことを前提とする変更請求後の訴因は実体法上両立しない。
(※)何か成立する余地もあるかもしれませんが、思いつきません。Xから3万円のことを聞かれ、うそをついて返還を免れたといった場合には新たに2項詐欺が成立する余地はありますが、問題文にそうした事情はありません。
といったところでしょうか。
実体法上両立しえないという観点で整理すると、問題文の事情をあまり使えないので、試験員が求めているものに応えていることになるのかは要検討と思います。
4.訴因変更の要否?
採点実感を見ると、「訴因変更の要否を論じている答案が多くみられた」ようです。
まず、問題文の問いは「(検察官からの)訴因変更の請求について,裁判所はこれを許可すべきか。」という点に端的に応答すればよかったのではないかと思います。
訴因変更の要否は「(特に判決言渡し時に)訴因と異なる事実認定をする際に、訴因を変更しておかなければいならないか」という裁判所の問題です。
問題が顕在化するのは判決が言い渡された後に不意打ちを受けた当事者が上訴審で争う場面です。
控訴審で言えば、訴訟手続の法令違反になり得ます。
裁判所は訴因変更が必要と考えれば検察官に求釈明等を行い訴因変更を促すでしょうし、検察官が「訴因を変更しておかなければ不意打ちになるかもしれない」と考えて、訴因変更請求をすることもあり得るでしょう。
もっとも「訴因変更が必要ではなくとも、訴因変更を請求する。訴因変更が必要ではなくとも「公訴事実の同一性」は満たされ、訴因変更の許可は可能」という事態はあり得えます。
「(検察官からの)訴因変更の請求について,裁判所はこれを許可すべきか。」を考えるにあたって、「そもそも訴因変更が必要か」を必ず考える必要はありません。
ですから「(検察官からの)訴因変更の請求について,裁判所はこれを許可すべきか。」という点について端的に「可否」を回答すれば足ります。
たとえば、訴因変更請求が訴訟の終盤で行われたときに、「遅すぎないか?時機的な限界ではないか」を考えるにあたって、「仮に判決で事実を認定するとして訴因変更が必要な事案か」というのは一考慮要素になり得るかもしれませんが、限定的な場面です。
問題文は、公判前整理手続を経ているという点を除けば、特に検察官の訴因変更請求が遅すぎるとか、訴因変更をしなければ被告人に不意打ちを与えるといった極端な事情は見当たりませんので、訴因変更の要否については検討する必要はないということになるでしょう。
司法試験 令和1年|刑事訴訟法|訴因変更の可否と公判前整理手続(1)
間が空いてしまいましたが、更新をします。
司法試験論文試験 令和1年 刑事系科目・第2問・設問2です。
1.訴因の問題
(1) 頻出分野
訴因の問題が頻出分野であることは、令和4年の問題を検討した「訴因変更の要否」の記事でも触れた通りです。
(2) 訴因の問題は難解
この点も、令和4年の問題を検討した「訴因変更の要否」の記事の通りです。
特に、いわゆる、公訴事実の「狭義の同一性」については学説は諸説分かれています。
が、判例は「基本的事実関係が同一か」という判断枠組みを一貫して用いています。
また、学説の各説によっても、判例の枠組みによっても、最終的な結論が異なる事案はイマイチ見当たりません。
「押さえるべき判例を理解し、自分なりに当てはめるしかありませんし、それで足りる気がします。結論までの過程を説得的に論じることができていれば十分」という点もそのまま当てはまります。
2.公判前との絡み
(1) 公判前整理手続の重要性
もっとも本問は、「公判前整理手続きを経ていることを踏まえつつ」、検察官からの訴因変更の請求について、裁判所が許可すべきか、問われています。
公判前整理手続を絡めた問題は平成28年の問題でも問われています。
実務的な感覚が問われる公判前整理手続は司法試験になじみにくいと思っていました。
平成28年・令和1年と比較的短い間隔で出題されたことは、公判前整理手続が、実務で重要である以上、実務家登用試験である司法試験受験生にも一定程度の理解はしてほしいという考査委員の意図ともいえそうです。
なお、公判前整理手続後の訴因変更の可否は、東京高裁平成20年11月18日判決が著名な裁判例としてあり、百選掲載判例でもありますから、予備知識として求められても酷ではないとは言えそうです。
平成21年重版・3事件、百選9版・58事件、百選10版・56事件、百選11版・55事件と掲載され続けています。解説者も実務家です。
令和2年以降は公判前整理手続を絡めた出題はありませんが、公判前整理手続の長期化に対する裁判所の問題意識は増々高まっており、実務上非常に重要であることは現在も変わりません。
(2) 論ずる順序
論理必然ではありませんが、論ずる順序としては、まず「狭義の同一性」という訴因変更の可否の大枠的な要件を満たしているかを検討し、その上で、公判前整理手続後の訴因変更が可能かという順序が素直かと思います。
訴因変更の可否の時的限界の問題として整理しているような文献も見られます(吉開ほか「基本刑事訴訟法Ⅱ 論点理解編」(2025年、弘文堂)など)。
3.狭義の公訴事実の同一性
(1) 公訴事実の同一性と訴因
刑訴法312Ⅰは
裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
とあり、一見不明瞭ですから、
「公訴事実の同一性」の解釈をする必要があることになります。
ここで、直ぐに「基本的事実関係に同一性があるか」といった、いわゆる規範を導き出す解答が予想されますが、簡潔にでも現行法の建前との整理はしておいた方がよいでしょう。
もし「公訴事実」そのものに具体的な意味があるとすれば、「公訴事実の同一性」を解釈するにあたっては「公訴事実」の意味を具体的に明らかにする必要が出てくるからです。
たとえば、審判対象は「公訴事実」であり、公訴事実とは「社会的事実」であり、これを法的に構成したのが「訴因」であるといった見解です。
もっとも、当事者主義をとる現行法では、
・審判対象は訴因であり、そうである以上「公訴事実」自体に独自の意味はない。
・「公訴事実の同一性」も訴因変更の限界を画する機能的な概念に過ぎない
という結論で十分でしょう。
(試験戦略上、これ以上立ち入ることは、時間的に困難です。)
この辺りは、古江頼隆「事例演習刑事訴訟法 第3版」(2021年、有斐閣)276頁以降に、よく整理されています。
(2) 「公訴事実の同一性」の解釈
ア 諸説ある学説
「機能的な概念」なのであれば、趣旨や目的からさかのぼって、解釈するほかありません。
そういったこともあり、抽象的になってしまいがちなのか、学説が百花繚乱のような状況にあるのだろうと思います。学説については、お手元の基本書を確認してみてください。。
もっとも、これら所説から検討をしても、結局、結論が異なることになるのかよくわかりません。むしろ、どの立場でも結論は異ならないようにすら見えます。
なので、基本書等の記述は、どの説が妥当かという理論的な議論が中心となり、抽象的でわかりづらい論点になってしまっている気がします。
イ 判例は一貫して「基本的事実関係の同一性」
このような学説の議論はさておき、判例は「基本的事実関係に同一性があるか」という基準を一貫して採用し続けています。
もっとも、なぜ「基本的事実関係に同一性があるか」が判断基準になるのか、明確に論じた文献等はなかなか見当たりません。
ここも訴因変更の可否を難解に感じる一つの理由のようにも思います。
しいて言えば、訴因変更の可否は個別具体的な総合判断にならざるを得ず、「基本的事実関係に同一性があるか」という(よくわからないがおそらくは)大きな枠組みの中で判断していく他ないという価値判断があるような気がします。
あくまでも実務では結論が大切であり、どの説でも結論が異ならない以上、あえて判断枠組みを変更する必要はないということなのかもしれません。
結論の重要性については以下の記事もご参照ください。
ウ 訴訟手続を一回で解決することが妥当か
異論もなくはないようですが、一般的には、「公訴事実の同一性」は、二重起訴の禁止・公訴時効の禁止・一事不再理といった事件の範囲を画する基準になることは争いがないようです(リーガルクエスト刑事訴訟法のcolumn2-6ご参照)。
そのような観点と、「公訴事実の同一性」が機能的な概念に過ぎないということからすると、「訴訟手続を一回で解決するべきかどうか」という観点から判断するべきであり、1回の手続で判断するべきかは両訴因(両訴因の背後にある社会的事実という説も)の共通性を基準とするべき という立論はあり得るように思います。
なお、機能概念に過ぎない以上、平野教授は「訴訟上の合目的性」に従って決める他ない、松尾教授は(公訴事実の同一性の範囲が広がると検察官が訴因変更の範囲が広がり被告人が手続き上不安定な地位に置かれる一方、再訴禁止の範囲が広がる点では検察官の不利益になるが被告人の利益にはなり得る。公訴事実の同一性の範囲が狭まると逆の利益・不利益が生ずるといった観点から)「諸利益の衡量」によって決せざるを得ないと唱えられていたようです。
「公訴事実の同一性」が機能概念に過ぎないとすれば、結局「変更前後の両訴因の事件は1回の手続でやってよいものなのか?」というところを出発点として「1回でやってよいかは事実関係が同じような事件かどうかによるよね」「事実関係が同じような事件であるかは日時・場所・行為・結果・証拠関係をみなければわからないよね」と考えるのは自然です。
こういう発想は、政策的・「訴訟上の合目的性」とも言い換えることができますし、わかりやすい考えのように思います。
もっとも、こうした考え方は、基準として不明確という批判は免れないわけですが。
(3) 比較するべきは訴因の記載か背後にある事実関係か
あまり立ち入りたくないのですが、必ず出てくる話なので整理をしておきます。
ア まずは訴因→だめなら社会的事実?
現行の刑事訴訟法が当事者主義構造を取り、審判対象は訴因と考えられる以上、訴因同士を比較するべきというのが素直な考えのように思います。
しかし、それだけでは判断が困難なケースもある場合には、訴因の背後にある事実も考慮できると考えるのが現実的でしょう(一事不再理効の公訴事実の単一性についてですが、最判平成15年10月7日刑集57巻9号1002頁も同趣旨の枠組みのように見えます。)。
イ 社会的事実とは? 昭和50年代・60年代の判例
なお、もともと訴因は検察官が社会的事実を犯罪構成要件に当てはめて構成したものであることを踏まえると、背後の社会的事実に着目し、同一性を判断することは当然とする指摘もあります(百選8版・49事件の解説の第3項)。
昭和50年代・60年代の判例解説等では、基本的事実関係の同一とは、両訴因の背後にある社会的・歴史的事実の同一であると指摘する見解もあり、訴因とは何ぞや?社会的事実とは何ぞや?という話になってくるので、錯綜してくる一因のように思います。
これらの見解は、補充的に背後の事実関係を考慮するべきという平成15年判決と整合しているのが疑義がなくはありませんが、昭和50年代・60年代の判例解説は旧刑訴法の影響がまだ色濃く残っていた時代背景もあるかもしれませんし、脈々と受け継がれているでしょうから、現在も影響がある考え方のように思います。
戦略上は、両訴因の比較のみでは判断が難しい場合もあるから両訴因の背後にある社会的事実も考慮するべき 程度に簡潔に書いておけば足りるでしょう。
社会的事実は何かと言われても、なかなか難しいですね。訴因は、検察官が法的に犯罪構成要件に当てはめて構成したものと考えるとなると、いわゆる「生の事実」と言い換えることができるかもしれません。もっと言えば、訴因には出てこない、犯罪事実以外の一連の事実の流れ、ストーリーとでもいいかえることができるかもしれません。
具体例でてくる、Aを被告とする過失運転致死と、真犯人Bをかばった身代わり犯人Aの犯人隠避罪との関係でいえば、これらは事実上非両立しえない関係ではあるのもの、Aが運転して被害者を死亡させた流れ、とBが運転して被害者を死亡させ・Bの身代わりとしてAが逮捕された流れとは、事実関係のながれが全く異なり、全く別のストーリーになります(もはや別次元、パラレルワールドの世界です。)。
そうすると、証拠関係も違う(過失運転致死ではAが運転する自白調書が出てくるかもしれませんが、犯人隠避ではBが過失運転致死事件を起こしたBの長所が出てきたり、防犯カメラに運転するBの姿が映っている証拠、やAが身代わりを認める自白調書が出てくるなど全く異なります。)、感覚的にも一つの裁判で続けるのはおかしいということになってきます。
社会的事実が、一連の流れやストーリーを意味しているかは分かりませんが、そのように整理するのも一つの手かもしれません。
ウ 具体例で考えても…
明確な文献は見当たりませんが、1回の手続内で審理するべきかどうかの判断である以上、訴因の記載のみならず、証拠調べの結果等から得られた内容を資料として共通性を判断するべきという整理もあり得ます。
「証拠調べの結果等から得られた内容を資料」とすることは、あくまで両訴因の比較を前提として判断資料という意味合いに過ぎないというのが一つの考えですが、そこまでくると、もはや訴因ではなく背後にある何らかの事実(社会的事実的なもの)を認定しそれを比較していることになる気もします。
例えば、
変更前の訴因:2025年6月1日、■にて、腕時計を窃取した。
変更後の訴因:2025年6月2日、■にて、腕時計を窃取した。
というのは、腕時計が同じものかどうかどうかで、非両立かどうかは随分異なってきます。腕時計が同じかどうかは、記載の仕方にもよりますが、訴因の記載だけで同じかどうか判別はなかなか困難です。
訴因同士を比較するにしても、釈明に対する検察官の回答や証拠調べの結果を取り込まなければ判断できないでしょう。
訴因の背後にある社会的事実(これも検察官の回答や証拠調べの結果から探求していくものでしょう。おそらく。)を考えるのであれば、同じ腕時計かはおのずと明らかになってきそうです。
このあたりは議論が錯綜しているので深入りは禁物です。
自分なりに考えを整理して、望むほかないでしょう。
(4) 非両立について
これもあまり立ち入りたくありませんが、必ず出てくる話なので整理します。
ア 基準の位置づけ
「基本的事実関係が同一」という考えでいくのであれば、同じものは同時に併存しえないといえるから非両立は同一性を判断するための基準に過ぎないという整理でよいのではないかと思います(松田俊哉「27 訴因変更の可否」(松尾他編『実例刑事訴訟法Ⅱ』(2012年、青林書院)38頁ご参照)。
本来的基準かどうかという議論は抽象的すぎますのと、結論に大きな影響があるとは思えないので、深入りは禁物です。
イ どういう意味で両立しないのか
両立といっても、どういう意味で両立しないのかも一見明確ではありません。
極端な見解としては、「実体法上両立しえない関係にあるか」という見解があります。(吉開ほか「基本刑事訴訟法Ⅱ 論点理解編」(2025年、弘文堂)のcolumnでは、「法的に非両立」という言葉が使われていますが、同じ趣旨と思います)
もっとも、「実体法上両立しえないか」かも、前提として、事実上両立しないかにかかっている場面もありそうです。
例えば、よくいわれるのは、
変更前の訴因:2025年6月1日、■にて、腕時計を窃取した。
変更後の訴因:2025年6月10日、〇にて、盗品である腕時計を有償処分した。
という例です。
※同じ腕時計であることを前提とします。
一見すると、不可罰的事後行為として、実体法上両立しえない関係にあります。
もっとも、理論上は、万が一、一度、被害者に腕時計が戻っていたとすると実体法上は両立しうることになります。
実体法上両立しえないといえるためには、一度、被害者に腕時計が戻っていたとするような事実もなく、腕時計について、被告人が自ら盗んだか、誰かから有償処分を依頼されたかのいずれかであってそれ以外ではないという前提が必要ということになりそうです(百選11版・47事件解説・p109左段ご参照)。
そうであれば、実体法上両立しえないと言っても、前提とする事実関係にもよってくるので、純粋に「実体法上両立しえない」かで判断できるのかも疑問になってきます。
ウ 事実として両立しないか
なお、「事実として両立しえない」かという観点からします。
基本的事実関係の同一性について、いろいろな考えはありますが、比較的一般的な、まずは犯罪の日時や場所の同一性や近接性、行為や客体等の共通性を前提として、(それでも日時が離れているなど判断がしづらい場合には)補完的に非両立性に着目するという整理を前提に考えます。
まず、この手のケースでは、求釈明に対する検察官の回答や証拠調べの結果等を踏まえて、腕時計が同一であるかや被害者の基に一度戻っているのか、窃取された時期はいつか、被告人が窃取したのか、窃取した他の誰かから有償処分を依頼されたのか、それ以外の可能性はあるのかという事実関係がある程度出てくるはずです。
その場合、比較対象を訴因同士か背後にある社会的事実とやらにするにせよ、両訴因(あるいは両訴因にある社会的事実)は、「同じ腕時計(←設例の前提です。)を窃取されたことは共通」しており、通常は「被告人か誰かが窃取し、それを被告人が有償処分した」という一連の流れの事実(ストーリー)という点も共通してくるでしょう。
証拠調べの結果等によっては盗まれた日は同一であるかかなり近接していることもあるでしょうし、そのような場合には「盗んだのが被告人かそれ以外かに過ぎないのであって、基本的部分は共通している」ということになるでしょう。
それでも、変更前の訴因の窃取の日と変更後の訴因の有償処分の日は10日間空いているので、一度被告人が窃取した腕時計が被害者の元に戻った等の事情があり他の誰かが再び盗んだものを被告人が有償処分したのではないか、変更後の訴因の盗まれた日は全く異なるのではないか(変更前の訴因は6月1日窃取とあるが、変更後の訴因は窃取が6月9日かもしれない)が問題になり得るわけですが、(非両立性として)「通常、被告人が腕時計を盗み、その後10日間の間に、一度被害者に戻り、同一の腕時計を他の誰かが盗み被告人に有償処分を依頼することは考え難い」ことから両立もしえないという評価は可能でしょう。
その場合、基本的事実関係は同一で、公訴事実の同一性が認められるという評価はあり得るかと思います。
このあたりは、証拠調べの結果等で出てくる前提事実によって、場合分けが必要であったり、評価が錯綜してくるので、唯一の正解ではなく一つの例としてお考えいただく必要があります。
(5) 参考文献
様々な文献がありますが、松田俊哉「27 訴因変更の可否」(松尾他編『実例刑事訴訟法Ⅱ』(2012年、青林書院)32頁以下)は、裁判所の実務的な思考がまとまって整理されているので、一読の価値はあるでしょう。
一事不再理効、公訴事実の単一性についてではありますが、最判平成15年10月7日刑集57巻9号1002頁の調査官解説も、これまでの議論がまとまって整理されているので、余裕があれば一読することをお勧めします。
百選の解説も、百選10版・46事件、百選9版・47事件、百選8版・49事件 は内容も平易ですし、一読しておいた方がよいでしょう(いずれも、(元含む)裁判官執筆です。)。
百選11版・47事件(大澤裕教授の解説)の解説は、理論面の解説が主で難解ではありますが、整理に役立つと思います。