司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

公判前整理手続 その4(司法試験論文試験 平成28年 刑事系科目・第2問・設問4)

司法試験では判例・裁判例から若干ずらした(射程外ともいえる)問題が出やすいという話をしました。

この点については下記記事もご参照ください。

 

ozzyy.hatenablog.com

 

平成28年の刑事系第2問・設問4では、直近の平成27年5月25日決定(刑集69巻4号636頁)の知識は前提とはされていなかったようですが、この観点からも分析してみます。

1.平成27年決定の事案

(1) 事案の概要

事案は詐欺被告事件で、犯人性が争点となっていました。

公判前整理手続に付されており「被告人は、本件公訴事実記載の日時において、犯行場所にはおらず、■■市内の自宅ないしその付近に存在した。」旨のアリバイの主張を明示しましたが、それ以上に具体的な主張は明示しませんでした。

第1審裁判所がその点につき釈明を求めることもありませんでした。

そして、公判では被告人質問において、被告人が、「その日時には、自宅でテレビを見ていた。知人夫婦と会う約束があったことから、午後●●時●●分頃、●●の同知人方に行った。」との供述をし、弁護人が更に詳しい供述を求め、被告人もこれに応じた供述を行おうとしました。

そこで検察官が「公判前整理手続における主張以外のことであって、本件の立証事項とは関連性がない。」旨を述べて異議を申し立てました。

第1審裁判所は異議を容れ、被告人質問を制限しました。

 

(2) いわゆる規範の部分

最高裁判所

公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。)、新たな主張がされるに至った経緯、新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し、前記主張明示義務に違反したものと認められ、かつ、公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが、公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合(例えば、公判前整理手続において、裁判所の求釈明にもかかわらず、「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかったような場合)には、新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で、公判期日でその具体的内容に関する質問や被告人の供述が、刑訴法295条1項により制限されることがあり得る

と判示しました。

 

(3) いわゆるあてはめ部分

その上で

公判前整理手続の経過及び結果、並びに、被告人が公判期日で供述しようとした内容に照らすと、前記主張明示義務に違反したものとも、本件質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められず、本件質問等を同条項により制限することはできない。

としています。

 

2.平成28年の問題文と平成27年決定の事案との異同

(1) 異なる点の整理

問題文の、平成27年決定の事案と違う点を整理します。

 

 ①裁判所から「アリバイ主張について可能な限り具体的に明らかにされたい。」と

の求釈明があった点

(平成27年決定では求釈明なし)

 

②弁護人は「平成27年6月28日は,終日,丙方にいた。その場所は,J県内であるが,それ以外覚えていない。『丙』が本名かは分からない。丙方で何をしていたかは覚えていない。」旨釈明した点

(平成27年決定ではアリバイの具体的主張なし)

 

③公判期日では「「丙方ではなく,戊方にいた」と公判前整理手続の主張と異なる事実を供述し始めた点

(平成27年決定では予定主張を具体的にしようとしただけ)

 

④公判期日で公判前と異なる供述をし始めた理由は前回の期日後に戊から手紙が届き思い出したという点

(平成27年決定では予定主張を具体的にしようとしただけ)

 

⑤公判期日の供述は戊からの手紙や戊をアリバイ証人として請求し裏付けを伴いうるものであった点(刑訴法316条の32Ⅰのやむを得ない事由が認められる可能性がある)

(平成27年決定はアリバイを具体化するものであり、刑訴法316条の32Ⅰのやむを得ない事由は認められづらい状況であったことから、被告人の供述は裏付けを伴うものではなかった)

 

(2) 違いをどう考えるか

(戦略的な要素もあるでしょうから弁護活動の当否の評価は留保します。)

平成27年決定はアリバイを漠然とさせたまま公判期日で具体的にしようとしたので、ある意味故意に公判前は漠然としたアリバイ主張にとどめて、公判で具体的に話をしようという戦略をとっていたと言えます。

 

他方、試験問題は(被告人が思い出した経過の信用性を捨象すると)戊という人物から手紙を受け取り思い出したという経過があり、被告人乙は故意に違う話をするに至ったわけではなさそうです。

 

そうすると、今回の問題では、被告人質問を制限しなかった平成27年決定と比較しても、より被告人質問を制限するという選択を裁判所がとりづらかったケースと言えるかもしれません。

 

(3) 平成27年決定の特殊性

ア 求釈明がなされなかった点

そもそも決定判旨にもあるとおり、「■■市内の自宅ないしその付近に存在した」というアリバイ主張が「それ以上具体的にできないのか」「具体的にはできるがあえてしていないのか」では事情が全く異なります。

 

その3でも検討したとおり、もしアリバイ主張を具体的にできるのであれば、検察官が補充捜査・追加立証をしたいと言い始める可能性があります。

 

したがって、平成27年決定の事案では、審理計画が狂う可能性があることから裁判所がアリバイ主張に関し、試験問題と同様「できるだけ具体的にするよう」求めることが考えられる事案でした。

そうでなくとも少なくとも検察官が内容によっては補充捜査・追加立証をする可能性が生ずるわけですから、具体的にするよう求釈明の申立をすることが考えられた事案とも言えます。

 

イ 公判前整理手続でスルーした裁判所と検察官?

察するに、「■■市内の自宅ないしその付近に存在した」という予定主張が出た時点で、裁判所も検察官も「それ以上は具体的にできない」のだろうと思い込んでいたのかもしれません。

 

弁護人は(おそらく)戦略的に主張を具体的にせず、裁判所も検察官もそれを問題視せずスルーしてしまった。

 

それにもかかわらず、公判で具体的な主張をしたからといって、(公判前整理手続でスルーしてしまった)検察官が異議を述べ、裁判所が、被告人にとっては重要な防御の機会であり手厚い手続保障が与えられるべき被告人質問を制限して打ち切るようなことをするのはやりすぎではないか?という事案だったと評価できるでしょう。

 

ウ 被告人質問の重要性と他に取り得た方法

繰り返しになりますが、被告人質問は刑事裁判において重要な防御の機会です。

裁判所が被告人質問を制限するというのは相当重大な制限といっても過言ではありません。

そういう意味では平成27年決定は特殊な訴訟の経過をたどっており、その中から出てきた判例とも言えます。

 

せめて被告人質問で話をさせるだけさせて、検察官に補充捜査・追加立証等の可能性があるかを尋ね、なければ論告弁論を行い結審して判決、あれば公判期日を取消して必要に応じて期日間整理手続に付する等の検討をするという進行が考えられた気もします。

 

あるいは、被告人の話自体だけで信用できないと考えた場合には検察官に尋ねることもしない選択はあるかもしれません。特にすでに述べたとおり、平成27年決定の事案はアリバイについて公判前で裏付け証拠を請求していたわけではなく、公判供述もアリバイ主張を具体的にするものであったことから刑訴法316条の32Ⅰの「やむを得ない事由」は認められづらい事案でしたので、被告人の供述は聞いてみたところで「裏付けのない信用性に乏しいもの」という評価にとどまった可能性も否定し得なかった事案のようにも思えます。

 

3.平成27年決定を丸暗記しているとうまく解けない可能性

今回の問題では、被告人質問を制限しなかった平成27年決定と比較しても、より被告人質問を制限するという選択をとりづらかったケース

 

と言いました。

 

平成27年決定を丸暗記していると逆に弊害が出かねない事案だったとも言えます。

 

平成27年決定は

①主張明示義務に違反したものと認められ
かつ
②公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが、公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合

2つを要素に挙げています。

 

①と②に当てはまるかは

「公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。)、新たな主張がされるに至った経緯、新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮」

するわけですが、

 

試験問題では

・公判前では裁判所からの求釈明を受け「平成27年6月28日は,終日,丙方にいた。その場所は、J県内であるが、それ以外覚えていない。『丙』が本名かは分からない。丙方で何をしていたかは覚えていない。」と可能な限り明らかにした。
・公判で戊方にいたという供述を始めたのは前回期日後に届いた戊からの手紙で思い出した。

という事情があり、これらの事情だけでも「①主張明示義務に違反したものと認め」ることはできず、「かつ」で結ばれていることから、被告人質問を制限することはできないという結論が出てしまいます。

 

そうすると、戊からの手紙という証拠があり得ることや、戊の住所が具体的で検察官が補充捜査・追加立証をする可能性があり当初予定していた審理計画の大きな変更を余儀なくされる可能性があるという事情をうまく使うことができません。

 

司法試験の問題文に無駄がないことは下記の記事をご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

その意味では判例を暗記して吐き出すのではなく、その場で考え「審理を継続的、計画的かつ迅速に行うという公判前整理手続の趣旨を没却するような尋問は制限できる」といった規範の方が、事情をバランスよく使え、問題も解きやすかったといえそうです。