では具体的に検討していきます。
1.戦略という観点からの検討
前提として誤解のないようにしておきますが、私の感覚ではこの問題では取調べは違法であり、自白の任意性は認められないと考えます。
もっとも、問題文の事情を余すことなく使うためには、その結論では難しいところがあり、考査委員の求めるものに答えられているのかという疑問がわいてくる問題です。
ここではあくまで試験戦略的にどう考えるべきかという観点から検討していきます。
問題文に無駄がないということは下記の記事をご参照ください。
2.結論が大事という視点
(1) 自白調書が採用されなければ無罪
何度も言いますが、実務では結論が大切です。
結論の大切さについては下記の記事をご参照ください。
自白法則や違法収集証拠排除法則でいえば、結論によっては、ある証拠の証拠能力が否定される可能性があり、結論が大きく変わる可能性があります。
この問題は、甲の自白調書を証拠採用できないとなると、甲はほぼ間違いなく無罪になる事案です。
果たしてその結論が妥当なのかという視点は見落とせません。
(2) 事案の重大性や証拠の重要性
さらに見落としがちな視点として、違法収集証拠排除法則の、排除相当性を検討するにあたり、事件の重大性や証拠の重要性が考慮要素として挙げられる点があります。
これらを考慮要素とすることについて消極的な見解もありますが、裁判官は考慮していると思います。
現に、先行手続の違法と証拠能力に関するものですが、最高裁平成15年2月14日判決(百選11版・90事件)は証拠の重要性を考慮しています。
(3) 考慮される理由
この点を教科書的に考えます。
違法収集証拠排除法則の根拠の一つに司法の無瑕疵性があります。
これは「捜査機関がひどい手を使って集めた証拠でも、安易に採用して有罪にしてしまうようでは国民は裁判所を信用しなくなる」という視点になるわけですが、逆に言えば「本当は犯罪を犯していて有罪になる人物が、捜査機関の手続が違反で証拠を採用できないがために無罪になってしまうのではかえって国民の裁判所に対する信頼を失う」ということも言えるわけです。
それはそれで正しい、有罪でも無罪になることこそが適正手続だという見解もあり得るわけですが、裁判所は結論を特に重視します。
事案の重大性や証拠の重要性は実務上は考慮されていると考えざるを得ないでしょう。
(4) 事案の重大性や証拠の重要性に触れた文献
証拠排除相当性の考慮要素として事案の重大性や証拠の重要性をあげている文献はたくさんありますが、考慮され得る理由まで掘り下げている文献はそう多くはありません。
この辺りが見落としがちになってしまう一つの理由と思います。
違法収集証拠排除法則の証拠排除相当性は裁量的・政策的判断であることから、考慮要素も広く考えられてよく、結論の妥当性を図るという観点から事案の重大性や証拠の重要性は考慮要素とされているのだと考えられます(平成15年2月14日判決の調査官解説でも言及されています(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成15年度』53頁のオ参照(法曹会、平成18年))。)。
杉田宗久元判事は、結論は明示されていませんが、重大事件の場合で捜査機関のミスによって証拠排除して無罪放免とすることが重い問題であると受け止められています(大澤裕=杉田宗久『違法収集証拠の排除』「対話で学ぶ刑訴判例」法学教室328号71頁の発言)。なお、杉田元判事は、排除相当性の判断で証拠排除をしなくとも、捜査が違法であると述べる(いわゆる「違法宣言」)だけでも一定の効果があると評価されています(同文献70頁)。
原田國男元判事も、百選8版・7事件の解説にて、「自白の重要性が大きい場合や自白により決定的な物証が発見された場合にそれらを違法収取証拠として排除して果たして無罪とまでするかは今後の実務を見守るほかあるまい。」と述べられています。
(5) 暗記しようとすると忘れる
繰り返しになりますが、結論の重要性は受験生が見落としがちな視点と思います。
見落としがちな理由として、考慮要素を丸暗記しようとするが、書籍に載っている考慮要素が多い論点だけに、実際の答案では抜け落ちることが考えられるように思います。
今回の件でいえば、法学教室の連載までチェックするのはなかなか難しいかもしれませんが、平成15年判決の調査官解説は、平成15年判決が極めて重要な判例であることからすれば、目を通すことは過大な負担とはいえないように思います。
日ごろの勉強から、なぜこの考慮要素があげられるのかは意識するべきであり、持っている書籍の記述が薄ければ詳し目の文献にあたった方が記憶が定着し、かえって効率が良いということはあります。
3.証拠排除すると無罪という問題意識を聞いているか
本件では、甲の自白以外の証拠には
わざわざ
また,同ガラスカッターは,一般に流通し,容易に入手可能なものであった。
ほかに,本件住居侵入窃盗につき,その犯行状況を撮影した防犯カメラ映像その他の甲の犯行であることを直接裏付ける証拠は得られなかった。
と三つの文章にわたり甲の犯人性に関する証拠を記載していることからして、甲の自白がこの事件で有罪無罪の結論を分ける極めて重要な証拠であることが浮き彫りになっています。
この事情を使わないわけにはいかないでしょう。
問題文に無駄がないことについては、下記の記事をご参照ください。
4.証拠排除で無罪になる事件は薬物犯罪が多い
証拠排除によって無罪になる事件は時折ニュースになりますが、違法収集証拠排除法則で証拠排除がなされ、無罪判決となるのは多くが覚醒剤の自己使用などの薬物事案です。
この事案の特徴は決定的な証拠が尿の鑑定結果や違法薬物であるところ、その証拠の収集過程に違法な捜査が行われやすい点にあります。
さらに被害者がいないという点もあげられるでしょう。被害者がいないのであれば、(本当は犯罪を犯しているのに)証拠収集手続が違法で無罪であったとしても国民の反発は相対的に低いかもしれません。
しかし、直接の被害者がいた場合、本件でいえば、本当は住居侵入窃盗をしているにもかかわらず証拠収集手続違法で無罪というのは、被害者は納得しないでしょう。
世論も同調する可能性があります。
そうすると被害者がいるこの事案で証拠排除で無罪というのは裁判官が取りづらい結論のように見えます。
なお、その1でご紹介した、東京高裁平成14年9月4日判決(百選11版・71事件)は、違法収集証拠排除法則に近い論理を採用し、自白調書の証拠能力を認めませんでした。
が、被告人は有罪という結論になっています。罪名も殺人事件という重大な犯罪です。
もし被告人の自白調書以外に証拠がなく採用されなければ無罪になるという事案であったら、この殺人事件で自白調書の証拠排除をするという結論を裁判所がとったかは疑問です。
5.二元説をとると困ったこと
(1) 自白の任意性なし・証拠排除相当を二つ書くべき?
自白法則で任意性なし、違法収集証拠排除法則で証拠排除という結論を出し、双方記述するという手はあり得るでしょう。
しかし、任意性がなく証拠能力がない時点で違法収集証拠排除法則で証拠排除される結論になろうがなるまいが、任意性がないために証拠能力はないので、違法収集証拠排除法則を論ずる実益はありません。
この辺りは実務的な感覚であり、実務家登用試験である司法試験で、「自白法則で任意性なし」という結論をとったにもかかわらず、更に違法収集証拠排除法則を検討するということが正しいのかはやや疑問です。
ただ、出題趣旨や採点実感ではそこまでの言及はないので、気にしすぎかもしれません。
(2) 答案戦略的な整理
以上を踏まえると、下記のような順序の検討が答案戦略上考えられます。
事案の重大性の評価や証拠の重要性を検討するためには違法の重大性は肯定せざるを得ません。
ア 違法収集証拠排除法則から検討する場合
理由:判断基準が明確
① 違法収集証拠排除法則
①ー1 違法性は重大
①ー2 証拠排除相当ではないとして証拠能力肯定
② 自白法則→どちらの結論でもよい
イ 自白の任意性から検討する場合
理由:条文があるため
① 自白法則→任意性は肯定
② 違法収集証拠排除法則
②ー1 違法は重大
②ー2 証拠排除相当→どちらの結論でもよい