司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

その2 訴因変更の要否(司法試験論文試験 令和4年 刑事系科目・第2問・設問2)

前置きが長くなりましたが検討していきます。

設問2の1からです。

1.公訴事実と認定事実

(1) 公訴事実

被告人は、令和3年11月26日午後2時頃、H県I市〇町△丁目×番地所在の現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいないBが所有する家屋(木造スレート葺2階建て、床面積合計約98.6平方メートル)内において、同家屋1階12畳間に灯油をまいた上、点火した石油ストーブを倒して火を放ち、その火を同家屋の壁、天井等に燃え移らせ、よって、同家屋を全焼させて焼損したものである。

 

(2) 認定事実

被告人は、令和3年11月26日午後2時頃、H県I市〇町△丁目×番地所在の現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいないBが所有する家屋(木造スレート葺2階建て、床面積合計約98.6平方メートル)内において、同家屋1階12畳間に灯油をまいた上、何らかの方法で火を放ち、その火を同家屋の壁、天井等に燃え移らせ、よって、同家屋を全焼させて焼損したものである。

 

問部分が異なります(下線は筆者)

2.「審判対象の画定のために必要な事項」の変動の有無

(1) 「審判対象の画定のために必要な事項」

ア 平成24年決定の調査官解説

「「審判対象の画定のために必要な事項= 訴因 の記載として不可欠な事項」は, 訴因の特定 (刑訴 法256条 3 項 ) において識別説(裁判所との関係で特定の犯罪構成要件該当事実 [ 罪となるべき事実」を他の事実から識別できる程度に記載することで足りるとする説)が求めるものと同一…に解すべきであろう」とされています。

平成24年決定調査官解説p180参照)(下線は筆者)

 

その上で、(香城元裁判官、松田章元検察官などの)代表的な文献を参照しつつ、

「その当てはめについては論者の見解が一致していないように思われ, 結局, 具体的な事案ごとに, 訴因の「 審判対象を画定する機能 」の意義(ここでは…, 審判対象を画定する権限を有する検察官の合理的判断は何かという観点も重要と思われる。) に 照らして検討していくほかないと思われる。」

としています。(平成24年決定調査官解説p182参照)

 

イ 自分なりに論じていくほかない

「その1」でも述べましたが、こうなってくると、「あてはめ」では自分なりに理由付けをして論じていくほかありません。それで必要十分と考えるほかありません。

 

(2) 問題文の検討

ア 平成24年決定は「方法」に変動があるだけという評価

平成24年決定の事案では「訴因と原判決の認定事実の間には, 犯行の日時, 場所, 目的物, 生じた焼損の結果には変動がないし,引火,爆発させたものが充満したガスであることにも変動はないのであって, 放火の実行行為としてみたとき, 充満したガスに引火, 爆発させたことには変動がなく , 引火, 爆発させた「方法」に変動があるだけである」と評価されています(平成24年決定調査官解説p185)。

 

イ 平成24年決定と比較して

問題文も、犯行の日時, 場所, 目的物, 生じた焼損の結果には変動はなく、引火させたものが灯油であることに変動はありませんし、他の実行行為としてみたときに床に広がっていた灯油に、火を放った「方法」に変動があるだけとみるのが素直な気がします。

もう少しかみ砕くと、特定の日時に特定の建物が「全焼」してしまったわけですから、「全焼の程度」にもよりますが、柱や床を残して全焼した事案なので(問題文第7項)、同一日時に同一の建物に起こるのはまず1回しかないわけですから、他の犯罪事実との識別できるかという観点からは、「放火の方法」は審判対象画定という点からは特定が必須ではないし、方法が変動しても訴因変更は必要はないと考えるのが自然ではないでしょうか。

概括的認定に関する記述ですが平成13年決定の調査官解説p65の(2)の記述の応用ですね。また、訴因の特定に関する論点ですが平成14年7月18日決定(刑集56巻6号307頁)(これもまた重要判例です。)の調査官解説p152のイにも同様の記述があります。

焼損が「○○の部屋の○○㎡」というのであれば、同一日時と同一建物に2回以上起こる可能性はあるかもしれません(判例を見て、このような思考実験をして射程を考えることは非常に重要です。)。

そうすると審判対象の画定のために必要な事項に変動はないと考えることになります。

 

ウ 自分なりの理由を述べる

採点実感は、

第1段階の検討において、着火の方法が「石油ストーブを倒した」から「何らかの方法」に変わったことについて、十分な理由を示すことなく、それが罪となるべき事実の特定に必要不可欠な事実の変動であるとする答案

を、判例の内容を正確に理解していないと見受けられた答案の例に挙げていました。

採点実感が苦言を呈したのは、判例自体は理由付けを示していないことから、判例の判旨をほぼ丸暗記して吐き出した答案のことを指している可能性があります。

イで述べた理由付けは、あまり文献に見られない指摘ですが、自分なりに理由を述べていくしかないということでしょう。

きちんと調べれば、平成24年重要判例解説・刑事訴訟法4事件の笹倉教授による解説p182左段最終段落に同じような指摘は見受けられました。

やはり重判の解説は最低限チェックしてした方がよいのかもしれません。

また、新・判例解説Watch刑事訴訟法No.4の池田公博教授による解説p161右段最終段落にも同じような言及があります。

イのよウな理由付けを思いついても裏が取れていなければ論ずるには勇気が入ります。裏が取れるまで納得いくまで調べることも時には必要かもしれません。

 

エ 他の犯罪事実との識別が審判対象の画定に必要な事項となるのはなぜか

審判対象画定に必要な事項は、訴因の特定における他の犯罪事実との識別されていれば足りるという識別説が求めるものと同一というのが実務的な一般的理解と思います。

なぜ、「他の犯罪事実との識別されていれば足りる」のかという理由は、あまりに当然すぎるからなのか、理由に触れられていないことが多いです。

 

酒巻教授の刑事訴訟法第2編「Ⅲ 訴因の明示―「罪となるべき事実」の特定」の冒頭では、

「特定」とは ,他の異なる「 罪となるべき事実 」の主張と区別して画定することをいう。他の罪となるべき事実の主張と区別ができなければ, 裁判 所が審判対象を識別・認識することができず , 証拠調べの手続段階へと審理を進行させることができないからである。また, 前訴との関係で一 事不再理の効力の及ぶ範囲 , 二重起訴禁止の範囲…公訴時効停止の効力が及ぶ事件の範囲…を画定することもできず不都合である。

と書かれています(度々触れますが、書かれている本にはきちんと書かれているという例です。著名な書籍には複数あたって、きちんと理由付けがされているか確認する場面は必要になってきます。そうすると理解が深まるし、記憶の定着しやすいでしょう。)。

 

「証拠調べの手続段階へと審理を進行させることができない」というのは抽象的ですが「どの事件について審理するかは、どの事件について審理していないか(他の事実との識別)という裏側から定まることもある」ということなのでしょう。

また、現実には、他の事実と識別ができないと、一事不再理、二重起訴、公訴時効の停止の範囲を画することができないという不都合が大きいように思います。

これらの意味から他の事実との識別は最低限の要請ということになるのだろうと思います。

 

なお、難しい話ですが、(訴因の特定の指摘ではありますが)「裁判所に有罪の確信を抱かせうるに足る最低限の具体的事実」を摘示することが不可欠という見解もあるようですが、難しいのでそこまで触れる必要はないのだろうと思います。本問では、灯油をまいたところまでは特定されているので、結論も異ならないように見えます。

 

(3) 思考実験「引火,爆発させたもの」に変動があった場合

話がそれますが思考実験です。

訴因の特定において識別説(特定の犯罪構成要件該当事実を他の事実から識別できる程度に記載することで足りる)が求めるものと同一(平成24年決定調査官解説p180のア)という前提に立つと、「引火,爆発させたもの」に変動があった場合に、「審判対象の画定のために必要な事項」の変動があったといえるでしょうか。

 

たとえば、

乾燥大麻にライターで火を放ったという認定を訴因変更をせずにすることができるか

という点です。

(証拠関係が違ってくるのでこのような認定に行きつく可能性は現実的にないでしょうし、行為態様がここまで違ってくると裁判所は訴因変更を促すでしょうから、現実的にはそのようなことは起こりえないと思います。)

 

六可の原則に基づく、犯罪の主体、犯罪の日時、犯罪の場所、犯罪の客体、犯罪の方法、犯罪の行為と結果は、審判対象の画定のために必要な事項であるとする見解もあります。

もっとも、このように演繹的機械的に導くことができるかは微妙なところです。

 

「他の事実から識別できる程度に記載することで足りる」というのであれば、既に述べたとおり、同一日時・同一場所・同一建物に対する全焼という事件は事実上1回しか起こりえないので、「審判対象の画定のために必要な事項」の変動はないということになるのでしょう。

ただ、この考えを推し進めると、「被告人は特定の建物(何某)を放火した」という明示で審判対象としては特定されているということになるわけですが、それでよいのかという疑問があります(殺人罪について、石井一正「訴因変更の要否に関する最高裁判例の新基準について」判タ1385-71頁右段)。

もっとも、実行行為そのものに変動をもたらすので、(訴因に記載されている以上)「被告人の防御にとって重要な事項」にあたることは間違いないと思いますので、訴因変更の要否という観点から結論が異なってくるのかは微妙です。

 

また、

灯油をまいた上、点火した石油ストーブを倒して火を放ち

乾燥大麻にライターで火を放ち

というのは、

犯罪の構成要件である実行行為が根本的に変わるので、「審判対象」自体が変動しているような印象は否めません。

 

(このような感覚に陥るのは、そもそも公訴事実の同一性を欠いて訴因変更ができないという場合もあるかもしれません(訴因変更の可否の議論には立ち入りません。))。

仮に公訴事実の同一性が認められたとしても、「他の事実から識別できる程度に記載することで足りる」というのは、「検察官が」設定した起訴状記載の公訴事実(訴因)が特定しているかという段階、つまり訴因の特定の段階で出てくる概念であるのに対し、訴因変更の要否は検察官の設定した訴因とズレが生じた場合に「裁判所が」訴因と異なる事実を訴因変更なしに認定してよいかという段階であることに原因があるように思います。

 

訴因変更の要否における、「審判対象の画定」という点を考えるにあたっては、訴因を設定する権限を有する検察官の意図から逸脱していないかという視点も考慮されうるのだろうと思います。

 

平成24年決定の調査官解説でも

具体的な事案ごとに, 訴因の「 審判対象を画定する機能 」の意義(ここでは…, 審判対象を画定する権限を有する検察官の合理的判断は何かという観点も重要と思われる。) に 照らして検討していくほかない

と述べられています。

平成24年決定調査官解説p180)(下線は筆者)

 

灯油をまいた上、点火した石油ストーブを倒して火を放ち

乾燥大麻にライターで火を放ち

というのでは、犯罪構成要件の実行行為が全く異なり、認定する証拠関係も全く異なるものになるため、検察官が設定した当初の訴因と大きく異なることから、審判対象を画定する事項に変動が生ずる

という評価はありうるように思います。

 

平成24年決定調査官解説p185の(注14)が引用する、香城元裁判官の言葉を借りれば、

(検察官が)訴追の対象とすべきか否かの判断に違いをもたらす

程の態様の変動にあたるから、審判対象を画定する事項に変動が生じている

という言い方もできるかもしれません。