司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

自白法則と違法収集証拠排除法則 その3(司法試験論文試験 令和2年 刑事系科目・第2問・設問1・設問2)

その2 の整理に従って検討していきます。

 

自白の任意性→違法収集証拠排除法則の順で検討します。

1.偽計による自白→結局あてはめ

最高裁昭和45年11月25日大法廷判決(百選11版・69事件)は、

偽計によって被疑者が心理的強制を受け,その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には,右の自白はその任意性に疑いがあるものとして,証拠能力を否定すべき

としています。

 

結局、答案政策上とらざるを得ないであろう任意性説からすれば「心理的強制を受け,その結果虚偽の自白が誘発されるおそれ」があったかどうかが重要で、あてはめ勝負です。

偽計による自白というイメージが先行し「偽計=任意性なし」と端的に結論を出した方も一定数いたのではないかと推測します。

偽計と自白の任意性の関係については、宇藤ほか「リーガルクエス刑事訴訟法(第2版)443~445頁(有斐閣、2018年)」に精緻な分析がなされており、参考になるかと思います。

 

具体的にどう事実を評価するかが重要です。

 

2 百選掲載判例・裁判例との比較

具体的にどう評価するかを考えるにあたっては、代表的な判例・裁判例の事案を正確に理解しておく必要があります。

 

(1) 問題文

司法警察員Qは…本件住居侵入窃盗が行われた同月3日の夜に甲が目撃されたという情報は得ていなかったにもかかわらず,甲に対し,「12月3日の夜,君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」と申し向けた。それを聞いた甲は,それまでの取調べの結果疲労していたこととあいまって自白するしかないと思い込み,同月5日午後7時30分頃,本件住居侵入窃盗を行ったことを認めるに至った。

 

(2) 百選掲載判例1 最高裁昭和45年11月25日大法廷判決(百選11版・69事件)

詳細は省略しますが、銃刀法違反の事件で、被疑者に対し、妻が被疑者との共犯関係を自白した旨の虚偽の事実を伝えて被疑者から自白を得た上、 今度は被疑者の妻に対し、 被疑者が共犯関係を自白した旨を告げて共犯関係の自白を得たという事件です。

いわゆる切違い尋問と言われるものです。

(結論は有罪です。)

 

(3) 百選掲載裁判例2 東京地裁昭和621216日判決(百選9版・75事件)

詳細は省略しますが、強盗強姦未遂事件で犯人と思しき人物がデッキシューズ1足を遺留したところ、捜査官が「デッキシューズの分泌物がお前のと一致した」 旨を述べたところ、被疑者が、もはや何を言っても無駄であるとの思いから抵抗の気力を失い、自白し調書を作成するに至ったという事件です。

なお、公判における証拠調べの結果、 デッキシューズ内に印されている足型や素足痕の足型が被疑者のそれとは明らかに異なっていること、 デッキシューズに残された汗等の体液から判明した血液型が被疑者のそれとはー致しないことが明らかになっています。

(結論は無罪です。)

 

3.検討

(1) 百選掲載判例・裁判例の検討

ア 百選9・75事件 

百選9・75事件の事例は、偽計の内容が、犯人であることを推認させる決定的な証拠となり得るものであったと言えます。

 

仮にデッキシューズが犯人が遺留した以外に考えられず、付着していた分泌物のDNA型が被告人のDNA型と一致し、被告人が事件時以外に被害者と接触する可能性が考え難いような事案だったのであれば、自白がなくとも有罪になり得るような事実です。

 

この様な事実について偽計が用いられれば、たとえ犯人ではなくても何を言っても無駄だと諦めて自白をしてしまうという可能性が非常に高く、「心理的強制を受け虚偽の自白を誘発する恐れ」が非常に高いといえるでしょう。

イ 百選11事件・69事件

百選1169事件は、共謀が争点となってであろう事案で、共犯者が共謀を認めたという事実について偽計を用いられたという事案です。

ケースバイケースですが、共謀は意思連絡があるか否かがポイントなわけですから、共謀の認定にあたっては共犯者の供述が重要な証拠になります。自分が否認していても、共犯者の供述が信用できるとなれば、共謀を認定される可能性が優にあります。

 

共犯者(ましてや関係が深い妻・夫)が自白したと嘘をつかれれば、たとえ共謀がなくても何を言っても無駄だと諦めて自白をしてしまうという可能性が非常に高く、「心理的強制を受け虚偽の自白を誘発する恐れ」が非常に高いといえるでしょう。

 

(2) 問題の検討

では問題はどうでしょうか。

 

ア 嘘をつかれた事実関係

嘘をつかれた事実は「12月3日の夜,君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」という目撃情報です。

 

犯行があったとされる時刻と同時間帯の目撃情報という意味では、犯人と甲を結び付け得る事実であり、心理的強制を受けうるといえるかもしれません。

 

もっとも、事実は「甲が自宅から外出する」というものであり、たとえば「V方に侵入するのを見た」という目撃情報ではありません。

仮にこのような嘘をつかれても「公園に夜風にあたりに行っただけ。」などと弁解する強者はいる気がします(「コンビニに行った」となると防犯カメラ等で裏付けをとられる可能性があるかもしれません。)。

さらに、目撃者が誰なのかもわからず、見間違いの可能性も否定し得ない目撃情報です。

 

そうすると、少なくとも百選掲載判例・裁判例ほどの、決定的な証拠ではなく、何を言っても無駄だと諦めて自白をしてしまうという可能性が高いとまでは言えず、「心理的強制を受け虚偽の自白を誘発する恐れ」も高くないという評価は可能な事案です。

 

イ 長時間の取調べによる疲労

もっとも、本件では、12月421:30頃から徹夜で取調べを受け、偽計を用いられたのは12月519:10頃と、トイレに行くこともでき食事休憩をはさんだものの22時間取調べを受けていた状況でした。

 

問題文には「それまでの取調べの結果疲労していたこととあいまって自白するしかないと思い込み」とはっきり書いてありますから、この点に触れないわけにはいきません。

 

素直に考えれば、

Pが偽計を用いた目撃情報は、甲が犯行時刻と同時間帯に自宅を出たというものにとどまり、甲が方に侵入したなど甲の犯人性を推認させる決定的な事実関係ではなく、甲に与える心理的強制が大きいとは言い難い。
しかしながら本件ではトイレや食事休憩は挟んでいたものの、12月4日21:30頃から徹夜で取調べを受け、約22時間経過後に偽計を用いられており、その時点の甲の疲労は相当なものであったといえる。
そのような状況であれば、「甲が犯行時刻と同時間帯に自宅を出た」という偽計を用いられれば、疲労によって、犯人であることを裏付ける決定的な事実ではないといった冷静に判断することができず、強い心理的強制を受け、真実ではなくとも諦めて自白をしてしまうという虚偽の自白を誘発する恐れが高い状況にあったといえる。

といった評価が考えられるでしょう。

 

4.答案政策上の留意点

(1) 自白法則から検討する場合

もっとも、その2で述べたとおり、

自白の任意性から検討する立場であれば、任意性は肯定して違法収集証拠排除法則に移ることが無難です。

 

その際は、

・偽計を用いられた事実は「甲の犯人性を推認させる決定的な事実関係」ではない。
・約22時間にわたり長時間徹夜で取調べを受けていたとしても、甲から仮眠の申出があったわけでもなく、トイレや食事休憩をはさんでいたことを踏まえると、「決定的とまでは言えない事実関係について偽計」を用いられた場合に虚偽の自白を誘発してしまうほどの判断能力を失うような疲労ではなかった。

という逆の評価をする他ないと思いますし、問題文を見るとそのような評価は十分に可能と思います。

 

(2) 違法収集証拠排除法則から検討する場合

他方、違法集証拠排除法則から検討する立場であれば、(違法収集排除法則による証拠排除は否定せざるを得ませんが)、自白の任意性の結論はどちらでもよいので、上記3(2)イのようなあてはめでもよいのだろうと思います。