捜査についてです。
1.平成23年の問題を選んだ理由
古めの問題ですが、別件逮捕・勾留云々の論点は、実務上と学説の乖離があり、日ごろの学習の意識を考えるにあたっていい問題です。
2.別件逮捕・勾留を論ずる前に
⑴ 論点が出てくる理由を意識
ア 出題趣旨
出題趣旨には、
「別件逮捕・勾留に関する捜査手法の適法性については,別件基準説と本件基準説を中心に多様な考え方があるところであり,まずは何を基準に適法性を判断するのか,この問題に関する各自の基本的な立場を刑事訴訟法の解釈として論じる必要がある。その上で,…」(太字・下線は引用者)
という記述がありました。
この記載の意味するところが、文字通り「答案の書き方として別件逮捕・勾留の立場から論ずるべき」ということであれば注意が必要と思います。
時間の制約上、そうするしかない可能性は否定しえませんが、実務的な思考からするとやはり注意です。
イ 別件逮捕・勾留が論点足りうる理由
別件逮捕・勾留が論点足りうるのは、別件・本件それぞれに、各逮捕・勾留の各要件が形式的に備わっているはいるものの、実態として身体拘束の要件を潜脱しているようにみえるから、「それでいいのですか?」という疑問が拭えないからです。
法律の各要件が満たされているという形式は形式で仕方がないと考え、身体拘束の問題と取調べの問題を切り離したのが、別件基準説+余罪取調べの限界として解決する立場なのだろうと理解しています。
令状審査の実態等から捜査機関の主観を見抜くことはできない等の理由で本件基準説が実務家から批判されていることはご承知の通りです。
したがって、各逮捕勾留の要件を検討せずに、別件逮捕・勾留に関する立場を最初に論ずるというのは論点主義という気がしてなりません。
そして、問題文の事情からすると、各逮捕勾留について、各要件を検討することが求められているように見えます。
ウ 答案にもばらつきがあったのでは
少なくとも実務上はまず形式面(条文)から考えるはずです。
しかし、どうしても論点から入る学習になりがちなので、各逮捕勾留の要件を十分に検討せずに、別件逮捕・勾留の論点を中心的に論じた答案も一定数あったのではないかと思います。
推測ですが、答案によって(逮捕・勾留の各要件を全く検討できてないが別件逮捕・勾留はよくかけている答案、その逆の答案)論ずる箇所の厚みが異なってくるので採点もしづらかったのではという気もします。
たとえば、構成として
①別件基準説で適法で終わり→(実質論には立ち入らない)答案
②本件基準説を検討した答案
がありえますが、問いに答えるという意味ではどちらも正解でしょう。
しかし、両者は土俵がかみ合っておらず、使用する事実も違ってきて、答案の厚みも違いでしょうから、採点も難しいでしょう。
エ 反省からの誘導する問題?
この問題の反省からなのかはわかりませんが、令和2年の問題のような、「1.自白に対する,自白法則及び違法収集証拠排除法則の適用の在り方について論じなさい。」という出題をし始めたのかもしれません。
別件逮捕・勾留は、令和元年にも出題されています。
このときは、設問1・小問1で身体拘束の適法性が聞かれた後の小問2で「(小問)1とは異なる結論を導く理論構成を想定し,具体的事実を摘示しつつ,論じなさい。なお,その際,これを採用しない理由についても言及すること。」などという出題が出されており、採点しやすくするためなのかはわかりませんが、答案の方向性を誘導しようとしたのではという気がします。
(3) 別件基準説をとると困ること
ア 取調べの違法≠身体拘束の違法
ところで、別件基準説をとると困ったことが出てきます。
別件に名を借りた本件の取調べは、余罪取調べの限界として処理する立場なので、「身体拘束は適法」とした前提で、「取調べが違法かどうか」というレベルで判断することになるはずです。
理論上、身体拘束と取調べは別物です。
身体拘束されていない「在宅事件」の取調べが存在することを考えれば、レベルが異なることは明らかです。
そうすると別件基準説をとり、余罪取調べ限界を論じても、「身体拘束の適法性」を論じていないことになりますから、余罪取調べの限界の記述に点数が入るのかという疑問が生じます。
実際は点が入るかもしれませんが、考査委員の考えは分かりませんし、理論上はそうなるはずです。。
現に、令和元年の司法試験の採点実感ではこの区別は当然の前提にされてしまっています。
この問題を見たときに
と気が付いた方は、別件基準説をとるのはリスクがある判断したほうが良いでしょう。
余罪取調べの限界を論じたのでは点数が入らなくなるリスクがあるためです。
他方、余罪取調べの限界を論じないとなると、別件に名を借りた本件の取調べが疑われる事情を使うことができず、考査委員が書いてほしいことに答えられなくなる可能性があるからです。
「別件基準説で書いて楽勝!余罪取調べの限界は身体拘束ではないから論じなくていい」
と考えるのは「問に答える」という意味では間違ってはいないと思うのですが、試験の現場でこの判断をするのは恐ろしく勇気がいることではないでしょうか。
イ なぜこのような問題になってしまうのか
こういう問題が出てしまう理由は、司法試験の制約上、問いを
・捜査
・証拠
と分断せざるを得ないからなのだろうと思います。
被疑者勾留に対する準抗告等で身体拘束を争う場合はさておき、実際の事件で、身体拘束の違法性が問題になるのは、主に、
・違法な身体拘束下で得られた自白
・それら自白等に基づいて収集された証拠
の証拠能力が問題になる場面です。
取調べ下の自白の証拠能力であれば、自白の任意性や違法収集証拠排除法則が争点となります。
その判断の中で、身体拘束の違法性や余罪取調べの限界(自白の任意性であれば虚偽の自白を誘発しやすい状況であったかを推認させる事実、違法収集証拠排除法則であれば違法の重大性に関する事実)が論じられるので、「身体拘束の違法性」として論ずるか、余罪取調べの限界として「取調べの違法性」を論ずるかに大きな実益はないように思います。
とはいえ、出題者である考査委員の意向に沿うのが司法試験です。
答えづらい問題が出た場合でも、自分の考えを述べるのではなく、出題者が採点しやすいように、淡々と問いに答えるのが鉄則です。
このことは他の科目でも心掛けた方が良いでしょう。
もっとも、出題に応じて、瞬時に立場をかき分けられるようなレベルに達していれば、すでに十分合格レベルに達している可能性はあるかもしれませんが。
3 勾留の要件の知識の補充
(1) 条文に書かれている要件
検討に入る前に勾留の要件について述べておきます。
というのも、実務上重要であるのに手薄になってしまうからです。
そして問題文の事情からすると明らかに聞かれているように見えるからです。
②定まった住居を有しないこと
③罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由
④逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理
⑤勾留の必要性
です。
(2) 各要件の考慮要素
③については
ⅱ 罪証隠滅の態様(口裏合わせなど虚偽の事実の作出も含む)
ⅲ 罪証隠滅の余地(客観的可能性)
ⅳ 罪証隠滅の主観的可能性(予想される刑罰の重さ。被疑事実に対する認否。)
から判断されると言われてます。
④については
ⅱ 処罰を免れるために所在不明となる可能性/
から判断されると言われています。
⑤については
ⅱ勾留により被る不利益
の比較衡量によるとされています。
具体的には、事案の軽重・刑訴法60条1項各号の事由の強弱、被疑者の年齢・健康状態・家庭事情等を総合して判断される。
等と言われています。
(3) 基本書にはほとんど書かれていない
上述の(1)と(2)は実務上、常識中の常識です。
これを理解していなければ、裁判官・検察官の仕事は成り立ちません。
弁護士も捜査弁護はできません。
(罪証隠滅の部分は考慮要素が似ているので)保釈に関する判断が適切にできるかにもかかわってきます。
ここまで来て、お手元の基本書を見ていただくと、これら要件にはほとんど触れられていないのではないでしょうか。触れられていても簡潔ではと思います。
推測ですが、上記の各要件の考慮要素は、解釈の余地が生じる余地がないために、論争が生じないことから、学説上は「興味がわかない」ことから基本書では厚く論じられないのではないかと思います。
(4) 過去問を何度も解くか実務向けの書籍を読むしか…
しかし、司法試験では前提としてこうした要件が真正面から聞かれています。
これが現実です。
これらの知識を補充するにはどうすればよいでしょうか。
一つは、令状基本問題、令状実務詳解、実例刑事訴訟法などの実務家必読の文献を、補充的に目を通すことしかありません。これが正攻法です。
しかし、他の科目の学習もあるでしょうから厳しい方もいるでしょう。
そういう方は、やはり過去問を中心に勉強して、必要に応じて知識を補充していくしかないと思います。