司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

その4 別件逮捕・勾留と余罪取調べ(司法試験論文試験 平成23年 刑事系科目・第2問・設問1)

ようやく別件逮捕・勾留の検討です。

1.別件逮捕・勾留の判断基準

諸説ありますが、いわゆる実体喪失説が無難と思います。

 

別件基準説+余罪取調べの限界は、「取調べが違法≠身体拘束が違法」であるため(あるいはイコールになる理論的な説明が必要ですが、至難の業であるため)論ずるのはリスクがあります。

実体喪失説に違和感を感じるのであれば本件基準説をとった方が良いと思います。

 

実体喪失説であろうと本件基準説であろうと考慮要素はほぼ同じですし、どの立場をとるかに時間を使うのは得策ではありません。

立場は早々に決めてしまい、早々にあてはめの勝負に移るべきでしょう。

 

なお、これらの見解について、いずれの見解に立ったうえでも異なる結論が導かれるわけではなく単に説明の仕方に過ぎないこと、重要なのは考慮要素がほぼ共通であることを理解することにあること等を指摘する実務家の論文があり、参考になります(田村政喜「別件逮捕・勾留と余罪取調べ」松尾ほか編『実例刑事訴訟法Ⅰ』p301~302(2012年、青林書院))。

 

以下は、田村裁判官の上述の論文の整理に従って検討します。

 

2.検討 甲について

(1) 第1次勾留を請求する目的ないし意図

甲及び乙を逮捕したいと考えたものの,まだ,[メール①]だけでは,証拠が不十分であると判断し,V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪事実により甲及び乙を逮捕するため,部下に対し,甲及び乙がV女に対する殺人,死体遺棄事件以外に犯罪を犯していないかを調べさせた。

 

しかも、強盗事件の証拠として、防犯カメラなどの客観的証拠がなく、Wの供述のみで逮捕に踏み切っている点で、かなり怪しい逮捕であることは否めません。

 

目的ないし意図は本件のにつき勾留して取調べを狙ったと評価せざるを得ないでしょう。

 

もっとも、実体喪失説では勾留期間中の捜査に主眼が置かれるので、主観的要素は捜査の在り方を評価する際の考慮要素に過ぎないとされています。

捜査機関の目的の一事をもって直ちに実体を喪失するわけではありません(本件基準説でも同じですが、考慮要素の重みづけが異なるのかもしれません。)。

 

(2) 第1次勾留期間の本件取調べへの流用の程度

ア 本件に対する取調べ状況

勾留請求日5月12日を入れて4日目の5月15日の初期に余罪を聞いていますので、本件取調べへの流用の程度は大きいと言えます。

さらに、上申書・供述録取書の作成を甲が拒否すると、勾留請求日を入れて6日目の17日から同じく10日目の21日に釈放されるまでの5日間、連日、取調べを行っています。

他方、連日とはいえ、前記強盗事件に関連する事項を中心に聴取しながらでの、1日当たりの取調べ時間は30分でした。

この辺りは評価が分かれ得るところですが、時間が短いとはいえ、勾留期間10日のうち6日間、連日聞くのは潜脱と評価することは可能と思います。

 

なお、吉開ほか「基本刑事手続法Ⅱ論点理解編」(2021年、日本評論社)の128頁では、「強盗の取調べを継続しつつ、毎日30分間ずつ上申書や供述調書に応じるように説得したに過ぎない」と評価して、実体を喪失していない方向で評価しています。

 

「説得」自体、取調べなのではという気がしてなりませんが、たとえば、メール①やメール②を突き付けて事情を聴いたり、Bや甲との関係を聞いたりすると、また違ってくるという評価なのかもしれません。

 

イ 1日30分をどうやって証明するのか

話は逸れますし、試験とは関係がありませんが、

・強盗の取調べを中心に聞いた

・余罪については1日30分

をどうやって証明するのだろうという疑問は生じます。

 

仮に甲が自白をしており、その任意性に疑いがある、違法収集証拠であるから排除されるべきという事案を想定します。

 

甲とP,Qの言い分が異ならなければ大きな問題はないのかもしれませんが、大体異なります。

そうすると、甲の被告人質問、P,Qの証人尋問が行われますが、水掛け論です。

取調べ状況に関する捜査報告書も出てくるかもしれませんが、捜査機関作成のものなので、前提にできるかは疑問です。

 

取調べが録音録画されていれば、話は解消するのですが、問題文では

・強盗の取調べを中心に聞いた

・余罪については1日30分

を迷わず前提にしなければなりません。

 

ウ 捜査報告書の不作成

なお、Pは、甲の供述を内容とする捜査報告書を作成していません(問題文第6項・第2段落・最終文「なお」で始まる事情は必ず使いましょう)。

捜査報告書は、甲の供述を捜査機関が記載した再伝聞の書面になりますが、逮捕状の請求・発布にあたっては自由な証明で足り、伝聞法則は適用されないというのが通常の考えですので、捜査報告書が疎明資料として裁判官の目に触れます。

捜査報告書の作成は「本件で逮捕する証拠集めのために別件に名を借りて逮捕・勾留請求した」ということを意味します。

本件ではそこまではしなかったということです。

 

(3) 本件と別件の関係

殺人死体遺棄は重大な事案です。

強盗も重大な事件ですが財産犯であり、人の生命が奪われている事案の比にはならないでしょう。

また、この二つの事案は何の関連性もありません。

(1)の意図と合わせると、身体拘束の潜脱の意図は否定し得ないということになりそうです。

 

(4) 取調べの態様及び供述の自発性の有無

勾留請求日から3日目の初期に余罪を聞いたとはいえ、

甲は,同日,「V女の死体を『一本杉』付近に埋めた」旨を供述した

ことから、自発的に供述をしたと言えます。

別件の身体拘束を利用した、令状潜脱の意図があるとは評価しづらい事情です。

 

(5) 捜査全般の進行状況(特に本件及び別件の客観的証拠の収集状況)

強盗事件について客観的証拠は問題文からはありません(通常は、コンビニの防犯カメラがあるはずですが。)。収集された痕跡もありません。

この手の事件は否認される可能性もあり、店員の面割供述だけで起訴することはなかなか考えられません。

そうすると、逮捕段階で端(はな)から(検察官に)強盗で起訴してもらう気など、警察官には毛頭なく、捜査の実態としては別件に名を借りたものとも言えそうです。

 

他方、強盗事件自体は重大事件で、共犯事件で、否認事件であり、客観的証拠に乏しいことから供述が重要な証拠であるため、勾留延長請求が認められそうな事案でもあります。

しかし、勾留延長請求はされずに勾留期間10日で釈放されています。

勾留請求日5月12日を入れて4日目の15日から余罪を聞き始めたとはいえ、その期間は短く、証拠がないので勾留10日で釈放していることから別件の捜査は早期に完結しており、未だ実体は喪失していなかった方向にも流れそうです。

 

この辺りは事情がないのでわかりませんが、強盗について捜査が全くされていないという評価をするのであれば、より実体を喪失しているという結論に近づくという評価も可能と思います。

 

(6) まとめ

本件について聞かれたのは勾留4日目からで、甲が自発的に関与を述べたもので、その後の説得は1日30分にとどまり、あとは強盗事件を中心に聴取され、捜査機関が甲の供述を内容とする捜査報告書を作成していないことからすると、本件への流用の程度は低いようにも思える。

しかしながら、そもそも死体遺棄事件と強盗事件は関連性がなく、発端は死体遺棄では証拠不十分であり、それ以外の余罪を探させた点にある。

みつかった強盗事件も、酷似しているというWの供述だけであり、客観的証拠があるわけではなく、起訴が見込まれる可能性にも疑問がありえた事案である。

そうすると捜査機関の意図は別件に名を借りた本件の取調べに重きがあったというほかない。

また、説得とはいえ、甲が供述録取書等の作成を拒否したにもかかわらず、連日にわたり、取調べで本件について聞くことは、本件の取調べをしているに等しい。

さらに、甲が一貫して否認して証拠が見つからなかったことを踏まえてか、勾留延長はされず釈放されてはいるものの、甲の取調べ以外の捜査として客観的証拠が集められた痕跡はない。

以上からすると、連日説得をし始めた17日以降は、強盗罪の勾留についての実体は失われ、違法な身体拘束になっているというべきである。

 

といったところでしょうか。

おそらく、巷で出回っている解説は適法というものが多いと思いますが、乙については適法とせざるを得ないこと、片方は違法、もう一方は適法と考える方がバランスがいいのでそのようにしてみています。

 

3.検討 乙について

(1) 第1次勾留を請求する目的ないし意図

甲との違いは、

乙については,V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪の嫌疑が見当たらなかった

という点にあります。

 

Qが、乙を尾行してその行動を確認していたところ、偶然にも万引きの現行犯を行ったことから逮捕に至っています。

 

そして、(答案戦略上、勾留の要件は備わっているとせざるを得ないので)窃盗自体で勾留の要件が備わっている以上、第1次勾留を請求する目的ないし意図が、別件に名を借りて本件について勾留し取調べを行う点にあったという要素は薄いということになりそうです。

 

(2) 第1次勾留期間の本件取調べへの流用の程度

勾留請求日5月14日を入れて2日目の15日に聞いてはいます。

もっとも、乙が余罪がないと供述して以降は、一切死体遺棄に関する事情を聴取しなかったのですから、流用の程度はほぼないと言ってよいでしょう。

 

(3) 本件と別件の関係

死体遺棄・殺人事件と、窃盗事件は、法定刑が甲の強盗以上に大きく異なり、事件としても何の関係もないことは、甲と同様です。

 

(4) 取調べの概要及び供述の自発性の有無

乙が余罪がないと供述して以降は、一切死体遺棄に関する事情を聴取しなかったのですから、この点も問題にはなり得ません。

 

(5) 捜査全般の進行状況(特に本件及び別件の客観的証拠の収集状況)

ア 自白→被害弁償

勾留請求日5月14日を入れて5日目の18日に、乙は自白をします。

 

同じく7日目の20日に被害弁償が行われています。

同日、スーパーMの店長は「処罰を望まない」という上申書を提出しています。

処罰を望まないという文言は被害感情の緩和を意味しますので、起訴か不起訴(起訴猶予)の判断にあたり、影響する事情です。

窃盗は財産犯なので、被害弁償自体が大きい事情です。

被害感情の緩和は、(特に店舗が被害者の今回は)決定的とはいえませんが、この辺りは受験生を迷わせないようにした配慮かもしれません。

 

被害弁償の翌日である、勾留請求日を入れて8日目の21日に検察官が甲を釈放しています。

勾留10日満期は、5月23日ですから、満期日より前に早急に捜査を終了させたと評価可能です。

 

そうすると、

別件の窃盗事件については、518日に乙が自白し、20日に被害弁償が成立し被害者も処罰を望まないと上申していることからすると、この時点で、乙を公判請求せず起訴猶予とする可能性が高まり、逃亡及び罪証隠滅を防止しつつ起訴不起訴に向けた捜査をするという勾留の目的は達せられたと考えられるところ、検察官は勾留満期より前の翌21日に乙を釈放している。したがって、別件である窃盗事件の捜査は勾留期間内において実体があったといえる。

といった評価になろうかと思います。

 

イ 甲と乙の逮捕日をずらした理由

甲(511日逮捕・12日勾留請求)と乙(5月13日逮捕・14日勾留請求)の逮捕日をなぜ2日ずらしたのだろうと疑問に思った方はいたかもしれません。

 

PQの手が空いていなかったと言ったらそれまでですが、おそらく、甲と乙の死体遺棄による逮捕日を同じ日にしたかったこと、乙については勾留10日の満期日前に処分を前倒ししたという事情を作りたかった可能性も考えられます。

 

ウ 勾留期間の計算・初日不算入・休日不算入

とても細かいですが、勾留期間については初日不算入(刑訴法55Ⅰ)と同様、休日不算入(刑訴法55Ⅲ)は適用されないとされています。

乙は平成22年5月14日に検察官送致されその日に勾留されていますから、勾留請求は5月14日と考える他なく、10日満期は平成22年5月23日の日曜日です。

実務上、土日祝日が満期になる場合には、満期より前の直近の平日に前倒して、起訴・釈放等の処分をすることが慣例です。

なので、乙の勾留請求日が5月14日とすると、日曜日の23日が満期になり、通常は示談があろうとなかろうと21日までに処分(勾留延長も含む。)することになります

なので今回も前倒しにはならないのではという気もしますが、そこまでは聞かれていないでしょうから、問題文を素直に読めばよいと思います。

 

(6) まとめ

Vに対する死体遺棄と窃盗罪は何ら関係ないとはいえ、逮捕に至る経緯も尾行していたQが乙の犯行を現行犯逮捕したものであり、別件に名を借りた本件の取調べを狙ったという要素は薄い。

取調官は勾留された翌日の15日に死体遺棄について聞いているものの、乙が余罪がないと供述して以降は一切事情を聴取しておらず、流用の程度は殆どない。

加えて、乙は18日に自白し弁護人が20日に示談をし被害店舗が処罰を望まないという上申をして、満期前の21日に釈放をしていることからすると、自白した時点で示談の可能性を見据え示談が成立等すれば18日以降は乙を釈放する等の検討をしていたものと考えられる。

そうすると別件である窃盗罪の捜査には実体があったというほかない。

以上から、窃盗罪の勾留について実体を失ったとまでは言えない。

 

とまとめることが考えられます。

 

乙について違法とするのは難しそうです。