司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

その2 別件逮捕・勾留と余罪取調べ(司法試験論文試験 平成23年 刑事系科目・第2問・設問1)

その1 を前提に問題文の具体的な検討に入ります。

 

ところで、

その1 の整理を前提とすると、この問題は恐ろしく時間が足りないことに気が付きます。試験の現場でもざっと見て、5分くらいで「時間がない問題だ」と見抜かなければなりません(時間配分も立派な実力であることは肝に銘ずる必要があります。)。

 

それを意識した上で、簡潔なところは簡潔に書くという意識をすることが非常に大切です。

1.逮捕① 甲の強盗被疑事件の通常逮捕

(1) 罪を犯したと疑うに足りる相当な理由

ア 写真面割

この問題はかなりこだわられていて、逮捕の疎明資料について、Wが写真面割を経て犯人と同定した事情が書かれています。

この面割ですが、この事例に即していえば、甲の写真だけ示して「この人物が犯人ではないか」と暗示して答えさせたケースもないではなく、供述の信用性が否定された事例もあります。

つまり、Wの供述は人違い可能性が低いと評価可能な事情です。

単に逮捕の要件に疑義を挟まないように問題文に入れたただけかもしれませんが、こだわりぬかれた問題であることを考えると、意味なくこの事情を書いたとは言い難いです。

簡潔でよいので触れておくべきでしょう。

 

イ 時間はない

とはいえこの問題は時間がありません。

コンビニエンスストアLの店員Wが、甲が犯人であるとする供述は、Pが複数の写真を示して犯人の1人が甲であると間違いないと述べていることから、その供述は信用するこ

とができるので、甲が強盗事件の犯人であることが相当程度の蓋然性で認められる。

程度にするほかないでしょう。

 

(2) 逮捕の必要性?

要件として必要とされています(199Ⅱ)。

が、分量的に丁寧に書いている時間はないと思います。

勾留の要件とも重複します。

したがって、

強盗事件は法定刑が「5年以上の有期懲役刑」と重大な事案であり、明らかに逮捕の必要がないとは認められない。

程度の簡潔な記載にするほかないように思います。

 

2.勾留(逮捕①に引き続く身体拘束)

(1) 罪を犯したと疑うに足りる相当な理由

この要件は逮捕と勾留で差異があるとも言われますが、時間がありません。

差異を検討するような事情も見当たりません。

逮捕①と同様認められる。

程度の記載にするほかないでしょう。

 

(2) 住居不定

見落としているかもしれませんが、住居不定の事情はありません。

 

(3) 罪証隠滅のおそれ

ア 供述が証拠・証拠作出は見落しがち

受験生の方は、

・供述が「証拠」であるということ

・罪証隠滅の隠滅に「証拠を積極的に作出すること」も含まれていること

を見落としがちです。

 

強盗事件は「2人組の犯人」としていますが、作問する際には「甲の単独犯」で、甲が犯人であるとWが同定したという設定の問題にしても差し支えないわけです。

「あえて」このような問題にしていると考えざるを得ません。

ですので、しっかり評価する必要があります。

 

イ 問題文のヒント

否認しているところも見落とせないポイントです(問題文第5項の一つ前の文章)。

この文章は「なお、」で始まっています。「なお、」を使って本来の文書に事情を付け加える

ということは使って欲しい事情ということです。

しかも(幇助しただけとか、殴っていないとかではなく)「犯人ではない」という否認の仕方を具体的に書いているあたりから、「犯人性について罪証隠滅をする可能性がある」というヒントがちりばめられていたとも言えます。

 

ウ コンパクトにまとめる

甲は「自分にはアリバイがあった」などと(ⅰ罪証隠滅の対象)、共犯者と口裏合わせをする可能性が考えられる(ⅱ罪証隠滅の方法)。

本件の強盗事件は2人組とされているところ、残り一人のその素性は明らかになっていないことから口裏合わせの実効性もある(ⅲ罪証隠滅の客観的可能性)。

そして、甲は「犯人性を否認」していることコンビニ強盗という重大事案であるからその動機もある(ⅳ罪証隠滅の主観的可能性)。

とまとめられます。

時間がありませんのでコンパクトに書く必要があります。

 

(4) 逃亡のおそれ

ア 起訴されるか・実刑もあり得るか

罪証隠滅の主観的可能性でも同じ議論になりますが、処罰を免れるために所在不明となるおそれの処罰の軽重としては、

❶公判請求されるか・略式請求の罰金にとどまるか・示談等が成立すれば起訴猶予になり得るか

をまず検討し、

❷公判請求された場合には実刑になるか・示談等が成立すれば執行猶予になり得るか・ほぼ間違いなく執行猶予か

といった観点から検討されているはずです。

 

実務感覚を養うのは難しいですが、できるだけ具体的に論じることができた方がよいでしょう。

 

この問題は微妙なところですが、

 

2名の犯行で計画性があり得ること

(←問題文にはありませんが、2名で実行されたコンビニ強盗が、その場でいきなり思いつき実行されたとは考えづらいですよね。事前に2名+α(組織犯罪の可能性も。)で話し合って実行されたと考えるのが自然です。)

 

(問題文にはありませんが)

被害金額によっては、公判請求は必至で、実刑もゼロではない事案である

 

といったところでしょうか。

 

イ コンパクトにまとめる

強盗罪は法定刑が「5年以上の有期懲役刑」であり、本件はコンビニ強盗であり悪質であるから、起訴は必至であり、判決でも実刑も否定し得ない厳しい刑罰も予想される。

したがって、処罰を免れるために所在不明になる可能性が相当あるといえる。

程度でよいでしょう。

 

(5) 勾留の必要性

刑訴法207Ⅰ・87Ⅰの反対解釈から要件とされています。

が、本件では時間がないこと、(仕事や家族関係などの)勾留の必要性プロパーの事情も見当たらないことから、

罪証隠滅のおそれ及び逃亡のおそれが高く、勾留により失われる不利益も見当たらないことから勾留の必要性も認められる。

などと、さらっと書くほかないでしょう。

 

3.逮捕② 乙の窃盗被疑事件

(1) 前提事実

分かりづらい箇所があったとして、試験後に司法試験委員が釈明していますが、現認したのと声をかけたのはQで、逮捕者はPであるとしましょう。

その上で、Pは、現認したQから乙が逃げたことと万引きしたことの事情を聴き、追いかけて逮捕したという前提にします。

 

(2) 現行犯逮捕の要件 

ア 前提事実の整理(現行犯逮捕か準現行犯逮捕か)

Qが犯行を現認した時刻とPが逮捕した時刻(時間的接着性)

Pが乙を逮捕した場所(場所的接着性)

PがQから聞いた事情

乙を追いかけて捕まえた際の状況(刺身パックを持っていたかなど)

など、現行犯逮捕なのか準現行犯なのか分岐し得る事情が不明です。

 

(作問ミスのような話もありますが、不明であればある程度こちらで判断するほかないでしょう。)

 

準現行犯は犯行後数時間が許容範囲云々という論考が多いです。

深く考えなければ、乙が逃げた後Qが直ちにPに報告してPが現行犯逮捕したとするのが素直でしょう。

 

現行犯逮捕と準現行犯逮捕の棲み分けは、論者によって説明の微妙なニュアンスの違いを感じます。

この微妙なニュアンスの違いから、作問上のミスも発生してしまったのではないかと推測してしまいます。

このような論者によってまちまちな論点は、(現行犯逮捕なら現行犯逮捕と)立場を決めてしまって、あとは自分なりの視点でしっかり説明できていればよいでしょう。

司法試験もそうですし、実務の現場でもこういう能力は求められているように思います。

理論武装が大切です。

 

イ 供述による現行犯認定の可否

アを前提とすると、現行犯逮捕でQから事情を聴いて逮捕者Pとしても現行犯であることが明確であったと、難しく考えずにシンプルに整理すれば足ります。

その際、逮捕者が現認しておらずQの供述を資料にして逮捕してよいかという論点はありますが、

無令状逮捕が許容されるのは犯罪と犯人の明白性があれば誤認逮捕される恐れが少ないことにあるから、明白性を担保する客観的状況があれば足りる

として、

供述証拠であっても信用性があれば明白性を担保できるので考慮してよい

程度の記述でよいでしょう。

 

この論点は、論者によってニュアンスが微妙に異なり混乱しやすいですが、森岡孝介「供述証拠による現行犯人の認定」「令状に関する理論と実務Ⅰ(別冊判例タイムズ34)(2012年、判例タイムズ社)でわかりやすく整理されています。

 

(3) まとめ

(現実の事件でそう言ってよいかは疑問がありますが)

Qは乙を尾行して注意深く観察していたこと、警察官が職務上見間違える可能性は低いことから現認に関する供述は信用でき、(問題文に事情がないため創作→)犯行から逮捕まで時間的に間もないこと、逮捕の場所も犯行現場から離れていないことからすれば、逮捕者Pからしても「現に罪を行い終つた者」として現行犯人にあたる。

といった記述でよいかと思います。

 

4.勾留(逮捕②に引き続く身体拘束)

(1) 罪を犯したと疑うに足りる相当な理由

繰り返しになりますが、この要件は逮捕と勾留で差異があるとも言われますが、時間がありません。

差異を検討するような事情も見当たりません。

逮捕②と同様認められる。

程度の記載にするほかないでしょう。

 

(2) 住居不定

見落としているかもしれませんが、住居不定の事情はありません。

 

(3) 罪証隠滅のおそれ

ア 情状事実も対象になるが

まず自分が犯人かどうかについて罪証隠滅をし得るかどうかですが、逮捕者がPであるとすれば、公務員に対する罪証隠滅は至難の業です。

ただし、罪証隠滅の対象は犯人性だけではありません。

 

構成要件該当事実・違法性阻却事由に関する事実(いわゆる罪体)に加え、情状事実も対象に当たるとされています。

 

そうするとスーパーMに対し示談強要等の罪証隠滅をする可能性があるかということも考えられますが、店長や社長への接触は現実的ではないでしょう。

 

イ まとめ

問題文には「乙の万引きに関する動機や背景事情を解明するには」とありますので、

動機や背景事情といった情状事実について、自宅にある家計簿等を処分する可能性がある。

そして、同種の前歴が1件あることからすると公判請求等もあり得る事案で、乙は黙秘をしていることから少なくとも主観的可能性を積極的に否定する事情はないことから動機も認められる。

といった記載はあり得るかもしれません。

 

ウ 財産犯で動機や背景事情は情状事実たり得るか?

とても細かい話になりますが、もっとも、窃盗犯は財産犯であり、(貧困・出来心など様々な背景事情はあるにせよ、最終的にモノが欲しいという点に変わりはないため)動機は「基本的に」量刑に影響しないと言われています(精神疾患が背景事情にある場合は別論と思います。)。

 

そのため、動機や背景事情が情状事実と言えるのかは微妙なところです。

 

問題でそこまで聞いているようにも思えませんが、同種前歴が1件あることから余罪があり得、常習性が疑われる事案とも言えるのかもしれません。

 

常習性であれば情状事実として位置付け得ます。

常習性を裏付け得る事実について、自宅にある家計簿等を処分する可能性があるという評価は求められていたのかもしれません。

 

また黙秘は憲法で保障された極めて重要な権利であり、黙秘していることによって主観的可能性が(肯定とまではいわずとも)否定し得なくなっているという評価が正しいのかは微妙なところです。

 

(4) 逃亡のおそれ

ア 処罰をおそれて所在不明?

窃盗罪は法定刑が「1か月以上10年以下の懲役」または「1万円以上50万円以下の罰金」なわけですが、その中で万引きは比較的軽いと言われています(眼前に物があり誘因があるという事情が影響しているような気もします。)。

 

まして500円の刺身パックですから被害額も少額です。

 

もっとも、乙には、起訴猶予とはいえ前歴が1件あります。

しかも同種の窃盗の万引き事案です。

 

また、Qが呼び止めたときに突然逃げ出しています。(この事情は誰何されて逃走という準現行犯かを検討させる事情ではなく、ここで使う事情で使われる意図だったのかもしれません。)

 

逮捕後は黙秘しています(自白しているケースと比較して相対的に逃亡のおそれが高くなるという評価はあり得ます。)。

 

そうすると、

同種前歴が1件あることを踏まえると、示談ができなければ公判請求もあり得る事案であり、処罰を免れるために所在不明となるおそれがある。犯行直後捜査機関からの呼びかけに対し逃走し逮捕後は黙秘をしていることからすると、その主観的可能性も否定し得ない。

という評価は可能と思います。

 

イ 単身は生活不安?

また、わざわざ乙が「単身で居住する自宅」(第5項の第2段落の最終文章)という事情が書かれていることからすれば、

生活不安定のために所在不明になるおそれがある

という評価も可能と思います。

 

ウ その他の理由

犯行直後のQからの呼びかけに対し逃走していることからすると、釈放すると逃亡してしまうという評価は可能でしょう。

(この事情は、準現行犯逮捕の「誰何されて逃亡」の要件ではなく、ここで検討するべき事情なのかもしれません。そう考えると、乙の逮捕を刑訴法212Ⅰの純粋な現行犯逮捕と位置付けることに迷いがなくなります。)

 

逮捕後に黙秘していることも、自白しているケースと比較して相対的に逃亡のおそれがあるという評価はあり得ます。

 

そうすると、

同種前歴が1件あることを踏まえると、示談ができなければ公判請求もあり得る事案であり、処罰を免れるために所在不明となるおそれがある。

単身であることから逃亡のおそれも否定できない。

更に、犯行直後の捜査機関からの呼びかけに対し逃走し逮捕後は黙秘をしていることからすると、その主観的可能性も否定し得ない。

という評価は可能と思います。

 

(5) 勾留の必要性

本件では時間がないこと、勾留の必要性プロパーの事情も見当たらないことから、

罪証隠滅のおそれ及び逃亡のおそれが高く、勾留により失われる不利益も見当たらないことから勾留の必要性も認められる。

などと、さらっと書くほかないでしょう。