司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

自白法則と違法収集証拠排除法則 その4(司法試験論文試験 令和2年 刑事系科目・第2問・設問1・設問2)

その2 の整理に従って検討していきます。

 

その3 で自白法則を検討しましたので、違法収集証拠排除法則を検討します。

 

1.判例の検討

(1) 百選掲載判例の理解

問題文は約22時間にわたる取調べが行われています。

この時点で、最高裁平成元年74日決定(百選11版・7事件)の事案がぱっと頭に浮かぶ必要があります。

その上で、平成元年決定の枠組みとなる、最高裁昭和59229日決定(百選11版・6事件)の理解も必須でしょう。

これらは百選に掲載され続けており、当然、刑集搭載判例です。

正確な理解が求められても酷とはいえません。

 

判例の学習の仕方については以下の記事もご覧ください。

 

ozzyy.hatenablog.com

 

(2) 実質的逮捕?

この手の問題が出てきたときに、「実質的逮捕かどうか」という論点が頭に浮かぶかもしれません。

 

出題趣旨に言及もありますし、間違ってはいないとは思いますが、実質的逮捕かどうかを論ずる実益は、捜査段階において身体拘束を争う場面で生ずるというのが実務的な感覚と思います。

たとえば、実質的逮捕が、実際の逮捕よりも早く始まっていれば、逮捕から送致・勾留請求の時間制限を超えており、身体拘束は違法といった立論になるからです。

(実際、百選11版・5事件は、勾留請求却下の裁判に対する準抗告申立事件です。自白の任意性等の証拠能力が問題となった場面ではありません。)

 

他方、川出敏裕「判例講座 刑事訴訟法[捜査・証拠編]2版」(2021年、立花書房)、第3章・Ⅱ・2(1)・アでは昭和59年決定より前の判断枠組みは実質的逮捕にあたるかどうかというアプローチをしている裁判例が紹介されていますが、あくまでも昭和59年決定「より前」の事案であり、「昭和59年決定」によって判断基準はほぼ統一されたと考えた方がよいでしょう。

自白の任意性や違法集排除法則の判断では、実質的逮捕かどうかという一点で判断するのではなく、取調べの態様などの総合判断でなされているので、昭和59年決定の判断基準の方が使いやすいという考えが背後にあるのかもしれません。

 

もちろん、違法収集証拠排除法則等の関係でも実質的逮捕にあたるとすれば無令状で逮捕と同等の状況を作出していることから「令状主義の精神を没却する」という評価につなげやすい点はあるかもしれません。

しかし、判例は異なり立論をとっており、これと異なる任意同行と実質的逮捕かという議論にに立ち入るとヤヤコシクなってきますので、答案政策上は、難しいことは考えずに、上述の、昭和59年決定・平成元年決定の枠組みに従うべきでしょう。

 

なお、問題文では、「P及びQは,甲を徒歩で同行」とあり、パトカーに乗せて同行したわけではありません。この点からしても実質的逮捕の論点は(否定はできないが)立ち入らないように誘導していたと考える余地はありそうです。

 

(3) 昭和59年決定・平成元年決定の留意点

申し上げるまでもないことですが、昭和59年決定、平成元年決定は、取調べ下の自白の任意性が争われる中で、取調べは違法とはされなかった事案です。

 

が、(虚偽の自白による冤罪やその原因としての捜査機関による取調べがまだまだ問題視されていなかった)当時の時代的な背景が多分にあったと思いますし、多数意見に対し、意見・反対意見が付された「限界事例」であったという評価が多勢と思います。

 

現に、担当調査官の解説も、実務家が執筆した判例百選の解説も非常に歯切れが悪いものとなっています。

 

2.取調べの違法性

(1) 昭和59年決定の枠組みに沿って検討

以下、検討します。

 

司法試験が実務家登用試験である以上、考慮要素は昭和59年決定をそのまま使う他ないでしょう。問題文を見ても拾うべき事情がたくさんあり、いわゆる規範の定立とやらに時間をかけている余裕はありません。

 

考慮要素の軽重については、川出敏裕「判例講座 刑事訴訟法[捜査・証拠編]2版」(2021年、立花書房)、第3章・Ⅱ・2(3)・イで分析がされており、参考になります。

 

川出教授は、事案の性質・取調べの必要性(一般的な取り調べの必要性ではなく問題とされた取調べ方法をとる必要性)・容疑の程度を、①当該取調べを行う必要性、被疑者の態度・取調べの方法態様を、②制約される被疑者の権利・利益の性質とその制約の程度と位置付けて整理されています。

 

(2) 昭和59年決定の考慮要素

ア 事案の性質

住居侵入窃盗事件です(科刑上一罪で法定刑は懲役10年以下)。

単なる万引きとは異なり、侵入工具を準備する計画性があること、人の家に侵入して物を盗む時点で悪質であることからして窃盗の中では悪質です。

連続して発生している事件であり、近隣を不安に陥れているという事情もあるでしょうから、重大な事案という評価も可能でしょう。

 

しかし、昭和59年決定は殺人被告事件(法定刑は死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)、平成元年決定は強盗致死等事件(強盗致死の法定刑は死刑または無期懲役)と各段に法定刑の重さが違います。

 

重大な事案であればあるほど取調べの必要性は肯定されやすく、本件では相対的に取調べの必要性は高くないということになろうかと思います。

 

イ 取調の必要性

川出教授は、①身体拘束をせず任意の取り調べをとる形式をとる必要があったか(逮捕の要件が備わっていたかどうか)、②当該事案で行われた形態での取調べを行う筆余生がどの程度あったかどうか、という観点から整理されています。

 

①でいえば、本件で甲に逮捕の要件が備わっていたとまでは言えないでしょう。

②でいえば、徹夜で取調べをする必要があったかどうかですが、、「ない」のではないでしょうか。

 

平成元年決定は23時頃に任意同行を求められ、「何とか早く犯人がつかまるように私もお願いします」という話があり、徹夜で取調べが行われたところ、翌日午前9時頃に一部自白をしました。その後、11時頃に上申書等が作成されたのですが、客観的事実と異なる等の事情があり、その後も取調べが続けられたという事情がありました。

 

昭和59年決定は、4泊5日という考えられない態様で、比較にならないので省略します。

 

本件ではそうした事情はありません。甲は否認し続けています。

 

ウ 容疑の程度

目撃情報が信用できることが前提ですが

「甲が、12月1日夜,…X方において,庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスにガラスカッターを当てているのを,顔見知りの住民Wに目撃されたために逃走した旨の情報」

「甲がガラスカッターを当てていたクレセント錠近くの窓ガラスに,半円形の傷跡が残

されており,その傷跡は一連の住居侵入窃盗事件の窓ガラスの割れ跡と形状において類似していた」

という事情があり、一定程度の嫌疑はあったといえるでしょう。

 

なお、昭和59年決定は被害者と同棲したことがある人物ということで被告人が捜査線上に上がり、アリバイの主張が虚偽であったことがきっかけに任意同行を求められたようです。

平成元年決定は被害者と事件の一カ月前まで交際していたという理由で被告人に生活状況や交友関係等の事情を行くために任意同行を求められたようです。

 

昭和59年決定・平成元年決定は、本件より低い嫌疑が事案だったといえるかもしれませんが、やはり事案として、人が亡くなっている重大事件であったことから、取調べの必要性が肯定されやすかったのではないかと思います。

 

エ 被疑者の態度
甲は,「疑われるのは本意ではないし,早く犯人が捕まってほしいので協力します。」と言ってこれに同意した。
「取調べは・・・約24時間行われたが,その間,甲は,取調べを拒否して帰宅しようとしたことはなく,仮眠したい旨の申出をしたこともなかった。」

という事情があります。

 

一般的には被告人が同意をしていたという事情と言えるでしょう。

 

しかしながら、任意同行時はさておき、一度警察署に同行されて帰宅することは仮眠を申し出ることは至難の業です。

結論をどうとるかにもよりますが、この事情を過大評価することは危険と思います。

 

オ 取調の方法・態様
甲からのトイレの申出にはいずれも応じたほか,朝食,昼食及び夕食を摂らせて休憩させた。
同取調べ中,同取調室及びその周辺には,現に取調べを行っている1名の取調官のほかに警察官が待機することはなかった。

という事情はあります。

 

しかしながら、徹夜の取調べは、身体的・精神的な負担が大きいことは明らかで、取調べの方法・態様として相当は言い難いという評価にならざるを得ないと思います。

 

(3) まとめ

類似した犯行を甲が行った目撃情報があり犯罪の嫌疑は一定程度あった。
もっとも、被疑事実は住居侵入窃盗事件であり特段重い事件ではなく、甲は一貫して否認しており取調べを24時間継続させる必要がある事情はなかった。
確かに甲は任意同行時は自ら進んで取調べを望んだが、捜査官からの提案なしに警察署において自ら帰宅や睡眠を申し出ることは極めて困難であり、この点は重視されるべきではない。
加えて、取調べ時のどちらか1名のみが立ち会い、トイレの申出や食事をとることはできているものの、徹夜の取調べは身体的・精神的負担が大きく、方法態様としても相当ではない。
以上を総合すると、本件取調べは、社会通念上相当と認められるものではなく、任意捜査として許容されるものではない。

といったところになるかと思います。

 

3.違法の重大性

(1) 判断枠組み

答案戦略上は、東京高裁平成14年9月4日判決(百選11版・71事件)の判断枠組みを利用するほかありません。何度も言いますが、規範定立とやらに時間をかける余裕はありません。

「自白を内容とする供述証拠についても、証拠物の場合と同様、違法収集証拠排除法則を採用できない理由はないから、手続の違法が重大であり、これを証拠とすることが違法捜査抑制の見地から相当でない場合には、証拠能力を否定すべきである」

です。

 

(2) 違法の重大性

客観的な手続違反の程度、手続違反がなされた際の捜査機関の主観面という観点から検討するのが一般的かと思います(百選11版・88事件の解説ご参照)。

 

任意取調べという形式を利用したものの、約24時間に及ぶ長時間の徹夜取調べであり、実質的には身体拘束をしているに等しい状況にあった。
Qとしても、「このままではらちが明かない」と考え、長時間の徹夜取調べで疲労している甲の状況をみて、嘘をつくだけで自白を得られるのではないかと考えて、甲が披露している状況を利用して偽計を用いて自白をさせたという意図を持っていた。

 

(ここから先、なぜ重大と言えるかの評価には様々な意見がありうるところですが。)

以上からすると、取調べは客観的な手続き違反の程度も大きく、さらに捜査官の意図としても甲の人権を全く無視し、嘘をついて自白を得ようとした捜査官としてあるまじき態度であったことから、手続の違法性は重大なものと言える。

 

といった評価が可能かと思います。

 

(3) 証拠排除相当性

手続の頻発性、手続違反と当該証拠獲得との因果関係の程度、証拠の重要性、事案の重大性などが考慮要素とされています(百選11版・88事件の解説ご参照)。

 

その2でも触れましたが、証拠の重要性、事案の重大性が考慮要素とされることについては批判もありますが、答案戦略上は入れざるを得ないでしょう。

 

本件自白調書は、違法となった取調べ下で直接得られたものであるが、近隣で住居侵入窃盗事件が5件連続で起きていたところ、甲が類似の犯行をしようとしていた目撃情報があった中で取調べであったという特殊な経緯をたどっており、頻発性が高いとは言えない。
事案は住居侵入窃盗事件と法定刑こそ殺人事件等と比較すれば軽いものの、住居侵入窃盗は窃盗事件の中では重い事案である。
さらに、本件では、甲の自宅から茶封筒入り 1万円札10枚とガラスカッター1点が押収されてはいるものの、犯行に使用されたものと同一であるとまでは言えず、甲が犯人であることを強く推認させるような証拠ではない。
他に甲が本件犯人であることを裏付けられる証拠はなく、自白がなければ甲は無罪となる結論になるが、被害者もいる住居侵入窃盗事件であることを踏まえると、当該自白を証拠排除することはかえって司法の信頼を害する結果ともなり得る
以上を踏まえると、本件では違法性が重大であることを宣言すれば足り、証拠排除することまでが相当とは言えない。

したがって、甲の自白の証拠能力は認められる。

 

といったあてはめが考えられるかと思います。

もちろん、逆の結論でもよいのではないかと思います。