司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

その1 犯行再現と伝聞証拠(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)

前置きが長くなりました。

具体的に司法試験の過去問を検討していきます。

 

私の趣味もあり、刑事系第2問(主に受験生には理解が難しい証拠や公判)について扱っていく予定です。

 

なお、分析で示した結論は、実務家としての私の見解ではなく、あくまでも試験を解く上での戦略的な見解に過ぎないことも申し上げておきます。

 

1.平成21年の問題を選んだ理由

「平成21年?ずいぶん古い問題だな」と感じた方もいらっしゃるかと思います。

 

何故この理由を選んだかというと「よい問題」だからです。

 

もう少し具体的に言うと、

・数年前の最高裁判例を少しずらした典型的な出題で司法試験のクセを知ることができる

・伝聞法則の本質が詰まっている

・同じような問題意識を問う問題が何度も出題されている

からです。

 

とくに、「同じような問題意識を問う問題が何度も出題されている」のは、何度問題を出しても受験生が、司法試験考査委員が回答してほしいことにうまく回答できていないからだと推測されます。

 

ということで、この問題はできるだけ早く、何度も何度も解いた方がよいということになります。

 

2.前提論点

(1) 伝聞法則の趣旨云々の論点

「伝聞法則の趣旨は…。したがって、公判廷外の供述が伝聞証拠に該当するか否かは、要証事実との関係で供述内容の真実性が問題になるかで相対的に定まる云々。」

刑訴法320条1項のお決まりの論証ですが、前提としては触れなければなりません。

ただし、解釈が分かれるような場面ではありませんので、さらっと書く程度にする必要があります。

 

(2) 捜査機関作成の実況見分調書と321Ⅲの適用

捜査官Pが甲の再現状況や供述を知覚・記憶・叙述して記録した部分です。

厳密には供述を書き留めた部分と写真撮影した部分ですね。

大前提として触れる必要はあるでしょう。

 

捜査機関作成の実況見分調書について刑訴法321Ⅲが適用されるかにつき、学説では反対説もあるようですが、判例は適用があると示しています(最判昭和35年9月8日刑集14巻11号1437頁)。

実務の運用も固まっています。

したがって、この論点を延々と論じてはいけません(そのような時間はないでしょう。)。

 

また、ここで否定説をとるとこの時点で答案が止まってしまいますし、実務家登用試験である司法試験ではどのような評価をされるかわかりません。

 

真面目な方ほど、こういう論点に時間をかける傾向がありますが、個人の見解は押し殺して、肯定説をさらっと書く程度にするほかありません。

 

(3) 検察官の立証趣旨の拘束力

要証事実が何かを把握するにあたっての段階で論じるべきか、個別の論点として別に論じるべきか、色々な構成がありそうですが「検察官の立証趣旨に裁判官は拘束されるか」という点も問題になり得ます。

 

明確に論じた文献に当たることができていませんが、刑事訴訟法が当事者主義の建前をとっている観点や不意打ち防止等の観点からか、基本的には検察官が設定した立証趣旨を前提に判断し、他方で「立証趣旨に拘束されるとおよそ無意味な証拠に証拠能力を付与ずることになりかねないような場合にまで裁判所が当事者の設定した立証趣旨に拘束されると解するのは相当でない」というのが実務の一般的な見解と思います(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成17年度』345頁参照(法曹会、平成20年))。

 

仮に、裁判所は検察官の立証趣旨に拘束されるという見解をとってしまうと、その時点で「問題文の事情を使うことなく」答案が止まってしまいます。

 

考査委員が時間をかけて一生懸命考えた問題文の事情を使用しない回答が、考査委員の求めるものとは通常考えられません。

 

ということで、この問題に触れるのであれば、(最終的には)立証趣旨には拘束されない立場をとらざるを得ません。

 

3.甲の再現写真・甲の供述部分の伝聞証拠該当性

(1) 平成17年決定が出てこないといけない

2(1)の論点を簡単に論じた後、本件の要証事実が何かである論じ、結論を出すということになります。

 

犯行再現結果が記録された実況見分調書等が出てきた場合には、最高裁平成17年9月7日決定(刑集59巻7号753頁)(平成17年決定)が頭に浮かばなければなりません。

平成17年決定の言葉を借りれば「実質においては、再現された通りの犯罪事実の存在が要証事実になるもの」かどうか、そうではないかを検討する必要があります。

 

(2) 平成17年決定との異同

平成17年決定はいわゆる迷惑行為防止条例違反等の事件で、警察署内での、被害者の被害状況の再現と被告人の犯行状況の再現についての写真と供述が問題となった事案でした。

 

迷惑行為の被害状況や事件時の再現状況を「警察署」で再現し、特に厳密に当時の電車内の状況を再現して行ったものでもなさそうです。

被害者や被告人の「犯罪事実に関する」供述内容を分かりやすくするために作っただけのものであり、被害者と被告人による犯行再現それ自体で何か意味があるわけではなく、実質的には犯罪事実を証明するためのものと考える他ない事例です。

 

他方、本件では、甲が自白した犯行は、殺害したVの遺体を自力で運んで車に乗せて、ドライブレンジにしたまま車を走行させて、車を持ち上げて海に転落させたというものでした。

 

平成17年決定の事案とは異なり、一見して「本当にそんな犯行は可能なの?」「ドライブレンジにしたままで車が自動的に走行するのか?」「独りでVを運ぶとかできるの?」「車を一人で持ち上げるとか無理じゃない?」という疑問が問題文を読んだときに頭によぎればもらったも同然です。

 

甲の自白が実現可能なものか確認する必要があるように思えることから、「再現された通りの犯罪事実の存在が要証事実」ではなく、具体的事実を引用して評価しつつ、最終的には「犯行が物理的に可能かどうかを検討する必要がある事案であり、実況見分をした事実自体に意味がある。実況見分をして犯行が物理的に可能であること自体が要証事実となる」とでも論じることが考えられるでしょう。

 

(3) 担当調査官の言葉を借りた場合

なお、担当調査官の言葉を借りれば、

「当事者が設定した立証趣旨をそのまま前提にするとおよそ証拠としては無意味になるよ うな例外的な場合に、 実質的な要証事実を考慮する必要がある」(平成17年決定調査官解説p346)

と論じ、本件の事情を検討し、

「証拠として無意味にならず、実質的な要証事実は犯行が物理的に可能であったことである。」

などと結論を出してもよいのかもしれません。

 

司法試験の論文試験では、判例・裁判例から少しずらした問題が頻出です。これについては下記記事もご参照ください。

ozzyy.hatenablog.com