司法試験を実務から考える

司法試験の論文問題を実務の視点から掘り下げています

その3 犯行再現と伝聞証拠(司法試験論文試験 平成21年 刑事系科目・第2問・設問2)

続いて実務的な視点から問題を分析してみます。

 

 

1.実際の裁判であった場合

(1) 公判における甲の態度

この事件は、被告人である甲が捜査段階ではVに対する殺人と死体遺棄を自白していましたが、公判手続になって犯人性を否認しました。

 

問題文を見る限り、捜査段階の甲の自白と問題文1項の防犯カメラ以外に甲の関与を伺わせる証拠は見当たりません。

(厳密にいえばですが、Vの衣類等から甲の毛髪等が発見されたり、車両から甲の指紋や毛髪等が発見される、Vの死亡推定時刻頃に甲以外にV接触した痕跡がないなどの理由で「甲以外に犯人は考え難い」という状況もあり得るかもしれませんが、問題文には一言も書かれていないので、そういった事情はないことが前提になります。)

 

そして、公判手続の被告人質問では、甲は自らは犯人ではないと述べるはずです。

黙秘を選択するかもしれません。

 

(2) 検察官の方針

以上のような見通しが明らかなので、立証責任を負う検察官は、資料1の捜査段階に作成された自白調書を軸に立証するほかない事件です。

 

問題文には書いてありませんが、検察官は、当然資料1の甲の自白調書を証拠調べ請求することになります。

 

裁判所が好きな「証拠構造」という観点からすると、本件は、自白調書が、犯人性や構成要件該当事実などの犯罪事実を直接証明する直接証拠と位置付けられる事件です。

直接証拠は、(証拠能力がある前提で)その証明力が高いと判断されれば、対象となる事実を直接認定できる証拠になります。

 

(3) 弁護人の方針

したがって、弁護人は、資料1の自白調書に同意するわけにはいきません。

通常は、

・不同意+任意性を争う。→証拠能力を与えない

・不同意+信用性を争う。

といった証拠意見を述べることになるはずです。

 

ここでは、問題文には任意性を疑わせる事情が見当たらないので、弁護人は任意性を争えず、信用性を争わざるを得ないという方針になったとしておきましょう。

 

(細かい話ですが、不同意+任意性を争わず信用性を争うとした証拠意見の場合、自白調書は刑訴法322Ⅰ「不利益な事実の承認を内容」としており、任意性を争っていないので、不同意という意見を述べても、伝聞例外規定により証拠能力があるとして裁判所に採用決定されてしまうであろう証拠です。)

 

2.実況見分調書が持ってくる意味

(1) 自白の信用性が重要なポイントに

以上を前提にすると、この裁判は犯人性が争点ではあるものの、甲の自白調書の信用性がかなり重要なポイントになってきます。

 

したがって、実況見分調書がどういう意味を持ってくるのかというと、甲の自白調書の信用性に関する証拠として意味を持ってくるかどうかということになります。

(なお、前提として信用性を争うという方針で整理していますが、任意性の有無に関する判断においても本件の実況見分調書は同じような問題意識になってくると考えられます。)。

 

(2) 犯行が物理的に可能であること

まず、問題文も誘導していますが、甲の自白調書記載の犯行は、一見して「自力でVを運べるのか」「車を一人で持ち上げられるのか」などの点に疑問があるため、甲が犯行可能なのかという点を検討するために実況見分を行ったという意味はあるでしょう。

その場合、平成21年2月3日に再現をしたこと自体から、「自白内容の犯行は甲一人で実行可能」ということを立証できるわけですから、実況見分調書は「再現と同じ犯行を自白している自白調書の信用性を高める」(少なくとも物理的に実行できないので信用できないという予想される反論を排斥できるという意味で信用性を相対的に高める)という意味を有すると思います。

 

(3) 再現結果が客観的な状況と一致したこと

ア 問題文の事情

更に、この実況見分調書は、「犯行現場と同じ条件で、甲の自白通りの犯行再現をしてみたところ、本件車両と同じ位置に車両部に損傷がみられ、客観的な状況が一致した」という点にも意味があると言えそうです。

 

問題文が

「その後,Pらが海中から同車両を引き上げ,その車底部を確認したところ,車底部の損傷箇所が同年1月17日に発見された本件車両と同じ位置にあった。」

という事情を6項のパラグラフの最終行にわざわざ追加している意味はここにあると考えられます。

 

司法試験論文試験の問題文には無駄がないことについては下記の記事をご覧ください。

ozzyy.hatenablog.com

 

イ 推認過程

つまり、

甲の自白内容と同じ再現結果が犯行現場の客観的な状況と一致した

そのような一致は偶然には考えづらい

甲の自白は信用できる

という推認が一つ可能となります。

 

その観点からすると実況見分調書で立証される事実は

①甲が平成21年1月12日にVを殺害したこと

ではなく

②甲が平成21年2月30日に犯行再現をしたこと

(②´その結果が遺体発見現場の本件車両と一致したこと)

と言え、②だけでも独立した証拠価値があると言えそうです。

 

(②´は、厳密には遺体が見つかった車両に関する証拠と合わさって初めて認定できる事実になりますので実況見分調書だけから認定はできませんが、実質的にはこういうことになると考えられます。)

 

ウ 「物理的に可能か」とは両立し得る

なお、損傷個所の一致は(1)の犯行か物理的に可能かということを裏付ける一つの事情に過ぎないという整理も可能と思われますが、たとえば甲が一人で「車を持ち上げられたこと」と、「犯行再現が客観的な状況と一致した」ということは信用性を検討する事情として、両立しうる話で別々の事情ような気がします(車は持ち上げられたけど、車両底部に損傷は生じなかったという再現結果もあり得るかもしれません。)。

 

(4) まとめ

証拠構造という観点からするとH21.2.3に行った犯行再現結果自体が資料1の自白調書の信用性を高める補助証拠としての意味を持つ。

 

という整理になります。

 

3.実況見分調書の意味を踏まえた弁護人の対応

少なくとも裁判所は上記のように考える可能性が高いので、弁護人は実況見分調書を不同意の証拠意見とせざるを得ないかと思います。

 

本件では、甲の自白調書がありますので、任意性を争うことが難しい場合には、実況見分の正確性等を争って、最終的に自白調書は信用性できないという方向にもっていかなければ、非常に難しい裁判となります。

 

弁護人が不同意の意見を述べた場合には、検察官は刑訴法321Ⅲでの採用を裁判所に求めるため、作成の真正立証として、Pらの証人尋問請求を行うことになります。

 

その上で、弁護人からすれば、実況見分の状況が正確であったか、再現の前提条件が正確であったかなどを指摘していく必要があろうかと思います。